独特な声とダークな世界観で、ヘヴィメタル界を黎明期から牽引、英ロックバンド「ブラック・サバス」のオジー・オズボーンが、現地時間7月22日朝、家族に見守られながらこの世を去った。76歳だった。死因は明かされていないものの、近年はパーキンソン病の闘病や2019年の転倒事故による後遺症と闘っていたといわれる。
オジーは1948年12月、イングランド・バーミンガム生まれ。子供の頃は失読症と注意欠如障害を抱えていたことで、学校生活ではいじめられ14歳で自殺を試みる。しかし、その時出会ったのが、ビートルズの「She Loves You」だった。オジーはのちに「神の啓示だった」と述懐しているが、15歳で学校を中退。建設業など様々な職を経て、ブルースバンドを結成。伝説のバンド「ブラック・サバス」のフロントマンとして、メジャーデビューを飾ることになる。
ただ、この頃からハッシュやLSDなどのドラッグを常習的に摂取するようになり、やがてコカインに手を出すように。
「オジーはサバスが1972年に発売した、アルバム『Vol. 4』のレコーディング中、LAで暮らしていたのですが、現地で激しいコカイン中毒に陥り、その状況を『Snowblind』『Change』として歌っています。しかし、薬物とアルコールの乱用が深刻化。結局、1978年の『Technical Ecstasy』ツアー終了後、サバスを脱退、精神病院への入所を余儀なくされることになってしまうんです」(音楽ジャーナリスト)
ボロボロになった彼を救ったのが、サバスのマネージャーだったドン・アーデンの娘、シャロンだった。彼女の後押しでオジーは、元クワイエット・ライオットのギタリスト、ランディ・ローズらと共に1980年、ソロデビュー作「Blizzard of Ozz」を完成させ、音楽界に完全復帰することになった。
とはいえ、オジーに奇行は相変わらず。1982年1月には米アイオワ州デモインでのライヴ中、ステージ上に投げ込まれた死んだコウモリを、おもちゃだと思い込み、口に入れ噛みちぎるというパフォーマンスを披露。だが、コウモリには狂犬病を始め、細菌や寄生虫などがウヨウヨいるため、緊急搬送されたオジーはその後数ヶ月間、注射をうちながらツアーを続けることになったというエピソードも残されている。
「ほかにも、オジーにまつわる伝説は枚挙にいとまがなく、テキサス州でのツアー中、泥酔したオジーは、なんとテキサス独立戦争の神聖な場所であるアラモ砦で立ち小便して逮捕され、その後10年間、テキサスでのライヴ活動禁止が通達されたのも有名な話です」(同)
そんなメタル界のカリスマ、オジーの私生活を描いたリアリティ番組「オズボーンズ」の放送が始まったのが、2002年。番組はオジーのほか、妻にシャロン、娘のケリー、ジャックが登場(長女エイミーは出演を辞退)。ステージでの顔とは裏腹に、妻や娘たちからの要求に、しどろもどろになる、ごく普通の父親の素顔をのぞかせるオジーと、その愛すべき機能不全家族ぶりが視聴者の心を鷲掴みに。いつの日か、オジーはメタル界のカリスマから、ファミリー層からも愛される存在となっていくのである。
オジーは2002年、ホワイトハウス記者晩餐会に招かれ、当時のジョージ・W・ブッシュ大統領から「オジー、母があなたのファンなんだ」と言われたこともあるが、13年にリリースしたアルバム「13」は英米両国で1位を獲得。この成功を機にオジーは断酒。以降生涯にわたって断酒を貫いたと言われている。ソロおよびブラック・サバスとして通算8回のグラミー賞ノミネートうち3回受賞したオジー。心から冥福を祈りたい。
(灯倫太郎)