【ロシア】多重債務で戦場へ?「兵役で借金帳消し」制度が生んだ“デスノミクス”の実態

 ロシアの有力紙「イズベスチヤ」が7月14日、ロシアでの個人ローンの延滞額が統計を取り始めた6年における最高額の1兆5000億ルーブル(日本円にして約2兆8000億円)に膨れ上がっていると報じた。

 ロシア政府は20年のコロナショックから立ち直るため、経済対策の一環として住宅購入を促進するための優遇策を導入。22年のウクライナと交戦状態を機に、この政策を一段と強化してきた。

「理由はむろん、戦争に不満を持つ国民を懐柔することで、結果、多くの国民が住宅ローンを組むことになった。ところが、ロシア中銀が2024年11月、通貨安と物価高に対応するため7.5%だった政策金利を21%へと引き上げたことで、住宅ローンを組んでいた国民の返済負担が急増。それが延滞率の急上昇につながってしまったとされています」(ロシア情勢に詳しいジャーナリスト)

 そこで政府は昨年7月、優遇策を廃止したものの、当然のことながら後の祭り。銀行で長期ローンを組んでいた国民はまだしも、消費者金融で短期ローンを組んでいた人々は金利変動をもろに受け、ニッチもサッチもいかない状況に追い込まれることにった。

 しかし、そんな「多重債務者」急増という状況に目を付けたのが、誰であろうプーチン大統領率いるロシア政府だった。

「ロシア政府は24年12月、突如として、国民の誰もがウクライナとの戦争に従軍した場合、1000万ルーブル(約2000万円)までを上限に借入の返済を免除するという法律を施行。誰がどう見ても不足する兵力を多重債務者で賄おうというためのものであることは明らかですが、家族を守るため、背に腹は代えられない多重債務者としては、もはや選択の余地はなかった。結果、いわゆる『死の経済』(デスノミクス)というスパイラルが回り始めているんです」(同)

 ロシアによるウクライナ侵攻から3年半。これまでプーチン氏は兵士不足を補うため、民間軍事会社ワグネルに服役囚たちの採用を許可し、さらには永住権を与えることをエサに移民らを最前線に送り込んできた。しかし、それでも兵士不足は賄えず、国民の動員を発表。しかし、世論の大反発もあり、「部分的」動員の後に始まるとみられていた「総動員」も、いまのところ実施される気配はみられない。

「その国民総動員に踏み切らずに済んだ大きな要因が、多重債務者を送り込む法律の施行だったというわけです。多重債務者の急増はプーチン氏が意図していた事ではないにせよ、結果的には同氏にとって渡りに船となった。現在、志願兵の多くは地方の貧困層出身者だとされますが、多重債務者はなにも地方だけにいるわけではありませんからね。今後は首都圏で暮らす市民からも多くの志願者が出る可能性は十分考えられるでしょう」(同)

 まさに弱り目に祟り目。借金返済に苦しむ人々にとって、ウクライナ兵役の先に待ち受けるのが死のリスクだ。そして、残された家族のもとに戻ってくる父や夫、息子の姿は…。

 遺族らには見舞金が支払われ、その金で多重債務を完済させる。そんな循環で経済が回っていく、これぞまさに恐るべき「死の経済」の実態だ。

 一部独立系メディアは、現状、ロシア人による銀行や消費者金融などからの借入れ金は40兆ルーブル、およそ75兆2000億円に上っていると報じているが、昨年は過去最多となる1480万人が消費者金融を利用しているとのデータもあるという。

「名誉ある戦死」などと言われたのは遠い昔の話。哀しいかな、今のロシアではいかに命を「金」に変えるかが重要な課題になりつつあることも、紛れもない現実なのである。

(灯倫太郎)

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