作家・増田晶文が厳選「うまい日本酒を愉しもう!」(2)普通の飯米でもうまい酒ができる

 群馬県の土田酒造は「新政」に酒づくりを学びながら、エピゴーネンに堕すことのない個性豊かな蔵だ。

 土田祐士蔵元と星野元希杜氏のコンビは一蓮托生の一心同体、果敢な(時に無謀な)試行錯誤を続けている。呑み手にすれば、どんな酒ができるのかハラハラドキドキ、それでいて盃を傾ければ「うまい!」と唸る一本を醸してくれる。

 この蔵もオール純米酒で無添加、生酛、群馬県産米の路線をいく。低精白、つまり米をなるべく削らないのも特徴。かつて大吟醸酒ブームに沸いた業界は米を削りに削る高精白競争を繰り広げていた。しかも山田錦に代表される酒づくり専用米(酒造好適米)を使って。曰く——好適米をとことん磨くことで、雑味の少ないキレイな酒ができる。

 だが星野はいってのける。

「好適米じゃなく、普通の飯米を使っています。だって、高価な好適米を贅沢に削らなくても、うまい酒ができちゃうんですもん」

 果たして土田の酒は透明ではなく黄金色を帯びている。味わいは複雑でクセが強い。でも、このテイストがたまらなく魅力的、まさに逆発想の賜物だ。

 日本酒業界では若手の台頭も著しい。石川県を代表する銘酒「手取川」を醸す吉田泰之は37歳にして杜氏歴6年、7代目蔵元になって3年がたつ。彼は「手取川」に加え、彼ならではの新たな価値観をプラスしようと「吉田蔵u」ブランドを立ち上げた。

「何層にも重なった複雑な風味ながら軽快、日本酒の伝統に縛られないナチュラル志向の酒が目標です」

 白ワインと変わらぬ13度と低アルコールなので呑み口はやさしい。舌に乗せると甘辛酸苦渋の五味、うま味が絶妙に溶け合う。まさにソフト&スムースの妙。

 原料は石川県産米で添加物ゼロ。農業との連携を模索し、農繁期には蔵人が農家を手伝い、酒づくりの季節は農家の若手に蔵で働いてもらっている。

 SDGsにも本気で取り組むのも吉田ならでは。「吉田蔵u」の売り上げの一部は地元の自然保護活動に寄付されている。こういった活動も地酒の新しい範となるはずだ。

 千葉の外房、いすみ市で超のつくユニークな酒を醸しているのが木戸泉酒造の当主荘司勇人だ。「原酒アフス」はこの蔵オリジナルの高温山廃酛という製法を用い、強烈な酸味と濃淳な味わいを完成させた。

 アフスを初めて呑んだ時の印象は昨日のことのように鮮烈だ。喫驚の酸っぱさ、その余韻に負けぬ上品な甘さとうま味。二杯目、三杯目の誘惑を断ち切ることのできぬ銘酒といえよう。

 ちなみに際立つ酸味は現在のトレンドだが、平成半ばまでは忌避する杜氏が多かった。そんな中、荘司の祖父は昭和40年代からアフスを世に問うている。

「祖父は西洋料理が日本の食卓に普及することを先読みし、脂っこく濃厚な味付けの料理に合う日本酒の開発に心血を注ぎました」

 荘司はその遺志を継ぎ自然醸法に特化、いすみ市産米を使い、60%を残す低精白は当然、95%まで残すという極めつけの純米酒に挑んでいる。

「熟成酒にも力を注いでいます。アフスの1971年ビンテージという超レアな熟成酒を使った特別バージョンも考案中です」

 熟成された酒は時を経て新酒にない奥深さとロマンを獲得する。洋酒やワインでお馴染みの手法だが、先般はこの蔵も参加する「刻ときSAKE協会」が結成されている。こういう動きも、日本酒ファンなら看過できないはず——。

 最後になったが大手メーカーの酒にも触れておこう。今回、取材に応じてくれた蔵元、杜氏の面々がこぞって推奨してくれたのは灘の「剣菱」だった。「止まった時計でいろ」「手間暇を惜しむな」「少し背伸びしたら届く価格」の気骨は、500年以上の蔵の歴史を今に継承する礎になっている。不易流行を地でいく「剣菱」の健在ぶりも、日本酒の現在地を示す指標となろう。

【今週の厳選5銘柄】

①「新政No.6X-Type」3850円(参考小売価格)新政酒造(秋田県)

近年の日本酒のトレンド「甘酸っぱくフルーティー、上品に薫る」を牽引する酒。生酒ならではの発泡感が清楚さを演出。ボトルデザインの秀逸さも含め、蔵元が「作品」と称するだけのことはある。これ一本で酒宴の主役になる酒だ。

②「Tsuchida 99」2480円 土田酒造(群馬県)

麹歩合を酒税法上限の99%まで引き上げ、麹菌の力を限界まで引き出した異色の酒。酸味と甘味が渾然とした濃淳な風味は異端にして卓越の逸品! 冷酒はもちろん常温でもうまい。毎年9月9日に解禁というのも洒落が効いている。

③「吉田蔵u石川門」1870円 吉田酒造店(石川県)

ドライな口あたりの直後に発泡感と酸味、甘味が複雑に重なってくる。優美にして繊細、高貴さ漂う味わいは他に類をみない。低アルコールなので日本酒ビギナーでも呑みやすいはず。新しい日本酒の方向性を予感させる銘酒。

④「純米生afs(アフス)」1650円 木戸泉酒造(千葉県)

ヴィヴィッドで上品な酸味と後味のいい甘味が見事に溶け合い、微かな苦味、渋みが全体の風味を引き締める。濃淳ながら呑み飽きせぬ酒で洋風料理全般に合う。抜栓後、少し時間を置けば深みとまろやかさが増し、さらにうまい。

⑤「黒松剣菱」2816円 剣菱酒造(兵庫県)

うっすらとブラウンを帯びた色、鼻先をくすぐる焦がし砂糖を思わせる薫り。口に含むと濃厚な甘さが広がり、その後をすぐ芯のある辛さが追いかけ一体化する。燗をつけるとやさしい口あたりとなり、いっそう盃が進む灘の逸品。

*価格は四合瓶、税込み(アフスは500㎖、剣菱は一升瓶)購買の際は蔵へ直接お問い合わせください。

作家・増田晶文(ますだ・まさふみ)作家。昭和35年生まれ。小説執筆の傍ら今も日本酒取材を続ける。関連書籍に「うまい日本酒はどこにある?」「うまい日本酒をつくる人たち」など。最新作は歴史小説「楠木正成 河内熱風録」(いずれも草思社)。

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