作家・増田晶文が厳選「うまい日本酒を愉しもう!」(1)大事なのは文化・歴史・地域・個性

 少し肌寒くなり、日本酒が恋しい季節になってきた。しかし、あまりにも銘柄が多すぎて、どれを飲めばいいかわからない人も多いのではないか。そこで「うまい日本酒はどこにある?」「うまい日本酒をつくる人たち」の著者で作家・増田晶文が「うまい日本酒」を厳選。4週にわたってお届けする。

 日本酒の取材をはじめて25年になる。美酒に喉をならし、名だたる蔵元、腕ききの杜氏と語りあってきた。

 泥酔の果ての宿酔、荒れる臓腑、思い返せば赤面の乱行、これもまた日本酒の余禄というべきか。とはいえ「酒はやめた!」と固く誓ったはずが、夕刻が近づけば前言撤回となっているのだから、酒の魔力は油断がならない。

 だが、そんな日本酒でも神通力の及ばぬことがある。他ならぬ日本人が、この酒を呑まなくなって久しい。年々歳々、醸造量が下がりっぱなし、令和4年会計年度は40万1912キロリットルでピークだった昭和48年度(177万キロリットル)の3割以下にまで減ってしまった。おかげで製造休止やら廃業に追い込まれる酒蔵が目立つ。2000年には2500蔵はあったのが、今じゃ1200か1100蔵ほど、いやもっと少ないという声さえ聞かれる。

 コロナの影響も甚大だった。外呑みの激減は痛恨の極み、家呑みの奮闘も功を奏さない。どの酒蔵も長期凋落と疫病禍の爪痕には太い息をつくばかり。妙案はまだ現れず、むしろ不幸に慣らされた感さえある。

 でも、日本酒が直面するのは厳しい現実だけではない。ここ数年で少し業界の潮目が変わってきた。そこに希望の光が‥‥そう私は感じている。

 先日、「新政」の佐藤祐輔蔵元と話していたら、彼はこんなことをいった。

「製法や原材料への取り組みを徹底させる蔵が増えてきました。いろんなタイプの酒が揃って、味わいもさまざま。今がいちばん日本酒のバリエーションが豊富な時代じゃないかな」

 かくいう「新政」は甘酸っぱくてフルーティー、爽やかな口あたりのくせに意外と濃厚、キンッと冷やして呑めば卓抜の味わいが広がる。そんな「新政」のテイストが日本酒の一方のトレンドとなっている。

 だが、佐藤を業界の雄たらしめているのは、「僕の酒づくりが未来の常識となることを信じて」邁進してきた原点回帰の信念に他ならない。彼は純米酒に特化、一切の添加物を加えず米と麹に水、酵母だけで醸す。米は地元秋田県産に限定したばかりか、米栽培から手掛けようと農業に手を染め、無農薬栽培に着手している。さらには、生酛という江戸時代に遡る手のかかる自然製法を採用した。

「僕が酒づくりで大事にしているのは文化、歴史、地域、個性です」

 純米酒、地元産米、無添加——佐藤の徹底した姿勢は若手の蔵元や杜氏をいたく刺激し、多くのフォロワーを生んでいる。

 酒屋に並ぶ酒瓶のラベルをしげしげと眺めてほしい。「純米酒」が主流なのは一目瞭然、「県内産米」の文字だけでなく「無農薬」「有機栽培」を謳う蔵もある。

 いや、すべてを「新政」の功績にする気は毛頭もない。佐藤に先んじて、あるいは彼の思惑に左右されず独自に歩んだ蔵もある。ただ、「新政」の存在が際立つ分、注目を集めやすかった事実は誰もが認めるところではあるまいか。

【今週の厳選5銘柄】

①「新政No.6X-Type」3850円(参考小売価格) 新政酒造(秋田県)

近年の日本酒のトレンド「甘酸っぱくフルーティー、上品に薫る」を牽引する酒。生酒ならではの発泡感が清楚さを演出。ボトルデザインの秀逸さも含め、蔵元が「作品」と称するだけのことはある。これ一本で酒宴の主役になる酒だ。

②「Tsuchida 99」2480円 土田酒造(群馬県)

麹歩合を酒税法上限の99%まで引き上げ、麹菌の力を限界まで引き出した異色の酒。酸味と甘味が渾然とした濃淳な風味は異端にして卓越の逸品! 冷酒はもちろん常温でもうまい。毎年9月9日に解禁というのも洒落が効いている。

③「吉田蔵u石川門」1870円 吉田酒造店(石川県)

ドライな口あたりの直後に発泡感と酸味、甘味が複雑に重なってくる。優美にして繊細、高貴さ漂う味わいは他に類をみない。低アルコールなので日本酒ビギナーでも呑みやすいはず。新しい日本酒の方向性を予感させる銘酒。

④「純米生afs(アフス)」1650円 木戸泉酒造(千葉県)

ヴィヴィッドで上品な酸味と後味のいい甘味が見事に溶け合い、微かな苦味、渋みが全体の風味を引き締める。濃淳ながら呑み飽きせぬ酒で洋風料理全般に合う。抜栓後、少し時間を置けば深みとまろやかさが増し、さらにうまい。

⑤「黒松剣菱」2816円 剣菱酒造(兵庫県)

うっすらとブラウンを帯びた色、鼻先をくすぐる焦がし砂糖を思わせる薫り。口に含むと濃厚な甘さが広がり、その後をすぐ芯のある辛さが追いかけ一体化する。燗をつけるとやさしい口あたりとなり、いっそう盃が進む灘の逸品。

*価格は四合瓶、税込み(アフスは500㎖、剣菱は一升瓶)購買の際は蔵へ直接お問い合わせください。

作家・増田晶文(ますだ・まさふみ)作家。昭和35年生まれ。小説執筆の傍ら今も日本酒取材を続ける。関連書籍に「うまい日本酒はどこにある?」「うまい日本酒をつくる人たち」など。最新作は歴史小説「楠木正成 河内熱風録」(いずれも草思社)。

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