作家・増田晶文が厳選「うまい日本酒を愉しもう!」(7)熱燗にハマると抜け出せない!

 日本酒は製法や原料によって純米、吟醸、本醸造などに分類されるが、同じ銘柄でも冷酒、常温、熱燗など、温度によってさまざまな風味が味わえるのも魅力の一つ。最終回は「うまい日本酒はどこにある?」「うまい日本酒をつくる人たち」の著者で作家の増田晶文が“うまい日本酒の愉しみ方”をお届けする。

 日本酒なんてまずい―かような暴言を吐く御仁には、上質な日本酒を盃へ注いで進ぜよう。はらり、ひらり、眼から何枚もウロコが落ちることだろう。

「うまい!」と唸らせてくれる酒は丹精に醸かもされ、蔵の想いがこもっている。いくら著名高価人気を誇ろうとも、いい加減な酒はいずれ正体がバレる。

 もっとも、嗜好品に好き嫌いがあるのは当然のこと。体調や呑む状況でも評価は変わってくる。しかし、好みでない酒であっても、逸品には必ず眼をみはるもの、認めるべき美点があることをお忘れなきよう。

 これは酒だけでなく男に女、音楽や小説、絵画などでも同様。真贋を見抜くには、あっちこっちの安い酒から高い酒まで、あれこれ呑んで経験を積むしかありません、ナ。私も相当な苦労を重ねてまいりました。

 日本酒の大きな魅力として、さまざまな温度で愉しめる点を挙げたい。とりわけ燗酒、こいつは底なし沼、ハマると抜け出せなくなる。温めてうまい酒を「燗上がりする酒」と呼ぶ。燗酒にすると、酒のいちばんの個性が立ち上がってくる。

 とにかく燗酒は奥が深い。「飛び切り燗(55度)」から「熱燗(50度)」、「上燗(45度)」「ぬる燗(40度)」「人肌燗(35度)」とバリエーション豊か。「燗をつけたり温度を測るなんて面倒」とブーたれるのはタイパとかコスパとほざく輩に違いない。寂しく味気ない人生だよ、まったく。ひと手間かけると愉悦も膨らんでいくと知るべし。酒燗器や燗酒グッズはネットで売ってるからご参照あれ。

 私は鍋に湯を沸かし、徳利を温泉気分に浸らせてやる。酒が60度くらいになったら引き上げ頃。アチチ、酒器を摘まんだ指を耳たぶに当てた後、熱々の酒にちょいと冷や酒(常温)を注ぎ足すのが秘中のコツ。こうすれば、燗をつけて突出した味わいを落ち着かせることができる。

 じっくり盃を傾ければ、ゆっくり温度が下がり、酒の表情が変化する。それを味わえばもう日本酒の虜。

 一方、すっかり「冷酒」が一般化してきた。酒場で日本酒を注文すれば、キンッと冷えたのがグラスにて供される。店にすりゃ酒瓶を冷蔵庫に放り込んでおくだけでいいのだから楽チン。蔵だって大吟醸酒や生酒を大いに売っている。このカテゴリーは低温保存せねば台無しになってしまう。

 とはいえ、冷酒もまた日本酒の愉しみのひとつではある。冬場の「冷や酒」は20度くらいか。15度に下がれば「涼冷え」、10度で「花冷え」、かなり低温の5度は「雪冷え」。流行のフルーティーで甘酸っぱい酒は「花冷え」がおススメ。薫りが際立ち、雑味も目立たなくなる。

 同時に、酒と日本人が培ってきた温度と味わいに対する感性、語彙、情緒を再発見していただきたい。これは世界に冠たるものだ。

 極論すれば―まずい酒はチンチンに燗をつけるか、思いっきり冷やすのがいい。あるいは柚子か橙なんぞをぶち込む。それでもダメなら料理酒に。激怒のあまり庭に撒き捨ててはもったいない。お米で醸した酒は神への捧げ物。ぞんざいにしたらバチがあたる。

【今週の厳選5銘柄】

(1)「北島 生酛純米吟醸玉栄(45% R1)」2420円 北島酒造(滋賀県)

齋田泰之杜氏が鳥取の米作り名人のもとで育成した「玉栄」を使用。まず辛口のキレと酸味の鋭さを堪能。そこに程よい甘味、うま味が溶けこんで卓抜のハーモニーを奏でる。淡泊から濃厚まで料理の素材と味付けを選ばぬ食中酒の銘品。

(2)「村祐 常盤ラベル純米大吟醸生酒」2200円 村祐酒造(新潟県)

押しつけがましくない甘味、上品な酸味がフルーティーさを引き立てる。奥に光る辛口の風味も見逃せない。濃厚に傾かず、スッキリした呑み口ながら存在感は充分。“越後の革命児”の異名をとった村山健輔蔵元の健在ぶりを示す快作。

(3)「久礼+9特別純米酒(レオパード)」3190円 西岡酒造店(高知県)

インパクトあるフルーティーな薫りの後を辛口の風味が追いかけ、あえかな苦味と渋味も相まって全体をシャープな印象に導く。抜栓して30分、今度はうま味が主役に。茶系ヒョウ柄の本品の他、緑のヒョウ柄やジラフ柄も個性たっぷり。

(4)「七賢 絹の味 純米大吟醸」1980円 山梨銘醸(山梨県)

大吟醸ファンにはうれしい馥郁たる薫りとスムーズな呑み口が並立している。この酒が海外のコンテストで毎年のように受賞しているのも頷ける。クリスマスシーズンには、宴の口開けに冷酒をお洒落なグラスで呑むのがおススメ。

(5)「甲子(きのえね)純米うまから磨き八割」1210円 飯沼本家(千葉県)

県産米「ふさこがね」の精米歩合を80%に抑え、低温でじっくり仕込んだ。その成果は味わいに結実、冷や(常温)で甘味と酸味が立ち、燗をつけるとシャープな辛さが際立つ。温度差によるうれしい変貌にニンマリ、良心的な価格に感謝。

*価格は四合瓶、税込み(久礼は一升瓶)。購買の際は蔵へ直接お問い合わせください。

作家・増田晶文(ますだ・まさふみ)作家。昭和35年生まれ。小説執筆の傍ら今も日本酒取材を続ける。関連書籍に「うまい日本酒はどこにある?」「うまい日本酒をつくる人たち」など。最新作は歴史小説「楠木正成 河内熱風録」(いずれも草思社)。

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