作家・増田晶文が厳選「うまい日本酒を愉しもう!」(6)無農薬のお米で純米酒を醸す!

 愛知県常滑市にもうまい酒を醸す蔵がある。澤田薫と英敏夫妻の営む澤田酒造、「白老」がメインブランドだ。薫蔵元は語る。

「常滑は焼き物の町、ウチの酒はハードな仕事をこなす窯業従事者がメインのお客様でした。ところが時代の変遷につれ労働者人口は減る一方。改めて『白老』の在り方を考えるようになりました」

 だが地元密着のポリシーを捨てたわけではない。英敏副社長はいう。

「濃厚な味付けを好む風土にあった食中酒、醸造業が盛んだった郷土の歴史を踏まえた地酒づくりを実践しています」

 江戸時代、常滑のある知多半島は灘や伏見と肩を並べる日本有数の醸造エリアだった。澤田夫婦はその来歴を心に刻み、木の甑こしきで米を蒸し、麹づくりに麹こうじ蓋ぶたを使うなど「古き良き」仕込みながら「すごく手のかかる」スタイルを貫いている。

 地域と伝統という、地酒本来のアイデンティティを掲げる蔵がもっと評価されることこそ、業界不振を打開する一助となろう。 この澤田酒造も然り、女の蔵元や杜氏、蔵人が目立ってきた。女丈夫たちの躍動が業界を覆う暗雲の切れ間に差す光となっている。

 向井久仁子杜氏は〝海の京都〟こと、舟屋が並ぶ伊根湾からわずか数歩、日本でいちばん海に近い酒蔵で辣腕を揮う。古代米に由来する赤い酒、抜群の酸味と甘味の「伊根満開」、燗酒がうまい、骨太な「京の春」など彼女の酒は傑作ぞろい。そんな向井がボヤいた。

「最近は漁師さんがチューハイやサワーを呑むことが多いんです。それがもう、悔しくて残念で」

 地元での日本酒離れ、彼女の杜氏魂に火がついた。

「それにもうひとつ、無農薬で化学肥料を使わないお米で純米酒を醸したいというテーマがあったので、さっそく取り掛かりました」

 ただ無農薬米は高価なうえ発酵が鈍いとされ、その意味で厄介な事案だった。

「でも、焦りませんでした。じっくり醸すといい按配の酒になるんです」

 農家との交渉で価格面も何とか折り合いがついた。その成果が「うらなぎ」「ひとやすみ」だ。

「ワインの世界では無農薬、有機栽培で添加物を使わないナチューレが大人気ですけど、考えてみたらこの酒ってナチュラルな日本酒なんですよ」

「ひとやすみ」はまったく食事の邪魔をしない。スイスイクイクイ、呑んで食べて気づけば満腹、しかも心地よく酔える。派手さ無用の秀作だ。村上暁人の版画、郷愁を誘うラベルもいい。

 富山県の銘酒「幻の瀧」は、県内初女杜氏となった蔵元夫人の岩瀬由香里が醸し注目を集めている。

 杜氏2年目となる彼女の酒はやさしく滑らか、酸の立ち方や甘さと辛さのバランスがなかなかのもの。これは蔵の敷地内に湧く、日本の名水百選の賜物でもあろう。岩瀬はうなずいた。

「名水の力を発揮させながら、現場が和やかな空気の中で仕込みが行えるよう笑顔を絶やさず、私自身も酒造りを楽しんでおります」

 子育てを終え、当主の夫に背中を押されての杜氏職、この調子でいっそう励んでいただきたい。

 贔屓の女杜氏をもうひとり。岩手県の「月の輪」は横沢裕子が南部杜氏の伝統を今日に伝えてくれている。ジューシー偏重の当世風とは異なるクラシカルな味わいが魅力。生酛や白麹を使った酒も抜群の出来だ。

【今週の厳選5銘柄】

①「花雪」1980円 河津酒造(熊本県)

ふわりと立ち上がるクリーミーな風味がこの酒ならではの個性。決め手となるマイルドな甘さがいい。その裏で辛酸苦渋、うま味が協働し全体を支える。意外に濃厚、それでいて穏やか。ビギナーから呑兵衛までを魅了する逸品。

②「白老 若水純米しぼりたて生酒」1800円 澤田酒造(愛知県)

待望の今シーズン初しぼり、新酒ならではのフレッシュさが身上。ピチピチとした風味が口福を運んでくれる。今年はことのほか酸味のイキがよく、甘味と辛さも負けじと存在感をアピールする。地酒の原点回帰を謳うこの蔵の自信作。

③「京の春 うらなぎ 特別純米生原酒山廃仕込み」1980円 向井酒造(京都府)

伊根湾に面した蔵の辣腕女杜氏が、丹後の山里で育った無農薬、化学肥料ゼロのコシヒカリを醸したナチュラルな酒。甘辛酸がむくりと立ち上がって押したり引いたり、濃厚な風味を演出する。肴は魚良し、肉類好し、野菜善しの快作!

④「幻の瀧 飛雪」6050円 皇国晴(みくにはれ)酒造(富山県)

朝靄のように広がるフルーティーな吟醸香、まず甘さが立ち、すぐ追いかけてくる辛味。後口が締まって感じるのは酸味の手柄。豪華な外貌と価格、これぞ大吟醸酒という風味が相まってプレミア感たっぷりの酒に仕上がった。

⑤「月の輪 特別純米生原酒」1804円 月の輪酒造店(岩手県)

穏やかに薫る果実香、次いで甘さが走り出すものの、しっかりした辛さのおかげで風味はダレない。スルリと喉に流すより、複雑な味の絡み具合をゆっくり愉しみたい。本品は生原酒ゆえ冷酒向き、燗酒を堪能するならこの蔵の生酛を。

*価格は四合瓶で税込み、澤田酒造は希望小売価格。購買の際は蔵へ直接お問い合わせください。

作家・増田晶文(ますだ・まさふみ)作家。昭和35年生まれ。小説執筆の傍ら今も日本酒取材を続ける。関連書籍に「うまい日本酒はどこにある?」「うまい日本酒をつくる人たち」など。最新作は歴史小説「楠木正成 河内熱風録」(いずれも草思社)。

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