ここ数年でさまざまなタイプの日本酒が出揃い、いっそう選ぶ愉しみも広がった。だからこそ、しっかりした味わいの骨格を持ち、燗酒ばかりか冷酒でもうまい王道の銘酒に注目したい。
滋賀県の「北島」はその代表格。北島輝人蔵元と齋田泰之杜氏のコンビは、フレッシュな生酒から生酛、ドブロク風味の濃密にごり酒、じっくり寝かせた熟成酒まであの手この手で攻めてくる。
北島蔵元は胸を張った。
「酒づくりにかかわる微生物の力をフルに発揮させた、いわば完全発酵の酒がウチの持ち味です」
齋田杜氏が言葉を継ぐ。
「食事という舞台でやたら目立つ主役ではなく、脇役に回って場を盛り上げる、深い味わいと軽快さを兼ね備えた酒が目標です」
蔵元と杜氏は「トレンドなんかに見向きもしない」と断言する。だが柑橘を思わせる淡い含み香と凜とした辛口の味わいから始まり、酸味、甘味が卓抜のバランスで広がる北島ワールドには、呑むたびに感服させられる。媚びないが独善に走らない。万人の「うまい」のツボを衝いてくる。今風テイストの酒の土俵に立っても他を圧倒できよう。
私にとって「北島」は無人島に持っていきたい一本。独り静かに海と空をみつめて、しみじみとやりたい。
好みの酒がいい形で意外性をみせてくれるのは望外の愉しみとなる。先般、久々に抜栓した新潟県の「村祐」はまさにそれだった。
村山健輔蔵元は、越後酒全盛期の淡麗辛口ムーブメントからスルリと抜け出し、和三盆を連想させる気品ある甘さの銘品「村祐」を世に問うた。味覚というのは厄介なもので、一度できたイメージがけっこう強く残る。私にとっての「村祐」はやさしい甘さと清爽な酸味、鋭いキレが融和した極上のうまい酒だった。
だが、今季の新酒を呑んで、甘味の按配はもちろん全体を貫くビビッドさ、フルーティーさに仰天!
村山蔵元は笑った。
「うまく酸が立ってくれたので、フレッシュ感もアップしました。成分的には濃厚な酒だけど、呑めば軽快な味わいになっています」
清澄で上品、スッキリとエレガントな味わい、令和の「村祐」は新たな極上の領域に分け入った。もともと和食に合う酒だが、オイスターバーやパエリア自慢の店で「村祐」を伴侶に指名する誘惑は断ちがたい。
各蔵がリリースする季節限定バージョンにも伏兵が目白押し、呑む愉しみを増やしてくれる。
高知県の「久礼」はヒョウやキリン柄の限定酒がおもしろい。大阪のおばちゃんか、とツッコミたくなるラベルはさておき、この酒の真骨頂は、酵母の実力を最大限に発揮させた杜氏の腕が冴えるフルーティーな薫り。そこへ辛口が鋭く斬り込み風味を引き締める。
久礼のヒョウ柄をパーティーに持ち込めば日本酒ビギナーの喝采を浴びそう。
この酒を熱烈に推してくれた土佐っ子は、新しいペアリングを提唱した。
「鰹のタタキに瀬戸内の塩をつけ久礼のヒョウ柄を呑む。これが最高ぜよ!」
酒蔵そのものをエンターテインメントとして愉しむのもいい。山梨県の「七賢」は蔵見学に積極的、酒づくりの工程を知るには格好の蔵‥‥だが今季は休止とのこと。しかし北原蔵元家由来の美術品や郷土資料の展示室、レストラン、カフェなどがあり、ショップで「七賢」各種を比べ呑みできる。サントリー白州蒸溜所が近いので、和洋の酒の要諦を比較するのも一興だ。
千葉県印旛郡の「甲子」を醸す飯沼本家は酒蔵レジャーの宝庫。直営ショップに古民家レストランの他、広々とした敷地内にキャンプ場を常設している。第4日曜には「きのえね朝市」を開催。施設やイベントは実にオシャレで“映える”ことを特記しておこう。
酒屋万流、蔵それぞれの個性が光れば酒も輝く。十人十色、好みが多様になるほど愉しみも増える。うまい日本酒は、今夜も呑兵衛の隣にいてくれる。
【今週の厳選5銘柄】
(1)「北島 生酛純米吟醸玉栄(45% R1)」2420円 北島酒造(滋賀県)
齋田泰之杜氏が鳥取の米作り名人のもとで育成した「玉栄」を使用。まず辛口のキレと酸味の鋭さを堪能。そこに程よい甘味、うま味が溶けこんで卓抜のハーモニーを奏でる。淡泊から濃厚まで料理の素材と味付けを選ばぬ食中酒の銘品。
(2)「村祐 常盤ラベル純米大吟醸生酒」2200円 村祐酒造(新潟県)
押しつけがましくない甘味、上品な酸味がフルーティーさを引き立てる。奥に光る辛口の風味も見逃せない。濃厚に傾かず、スッキリした呑み口ながら存在感は充分。“越後の革命児”の異名をとった村山健輔蔵元の健在ぶりを示す快作。
(3)「久礼+9特別純米酒(レオパード)」3190円 西岡酒造店(高知県)
インパクトあるフルーティーな薫りの後を辛口の風味が追いかけ、あえかな苦味と渋味も相まって全体をシャープな印象に導く。抜栓して30分、今度はうま味が主役に。茶系ヒョウ柄の本品の他、緑のヒョウ柄やジラフ柄も個性たっぷり。
(4)「七賢 絹の味 純米大吟醸」1980円 山梨銘醸(山梨県)
大吟醸ファンにはうれしい馥郁たる薫りとスムーズな呑み口が並立している。この酒が海外のコンテストで毎年のように受賞しているのも頷ける。クリスマスシーズンには、宴の口開けに冷酒をお洒落なグラスで呑むのがおススメ。
(5)「甲子(きのえね)純米うまから磨き八割」1210円 飯沼本家(千葉県)
県産米「ふさこがね」の精米歩合を80%に抑え、低温でじっくり仕込んだ。その成果は味わいに結実、冷や(常温)で甘味と酸味が立ち、燗をつけるとシャープな辛さが際立つ。温度差によるうれしい変貌にニンマリ、良心的な価格に感謝。
*価格は四合瓶、税込み(久礼は一升瓶)。購買の際は蔵へ直接お問い合わせください。
作家・増田晶文(ますだ・まさふみ)作家。昭和35年生まれ。小説執筆の傍ら今も日本酒取材を続ける。関連書籍に「うまい日本酒はどこにある?」「うまい日本酒をつくる人たち」など。最新作は歴史小説「楠木正成 河内熱風録」(いずれも草思社)。