「日本の武将と念持仏」秘録(2)合戦の必須アイテムは小型化した「携帯守り本尊」

 武士の時代になり、念持仏はさらに小型化。戦いの時に身に着け携帯するウェアラブルな〝マイ仏像〟となる。今日、クールジャパンの強力アイテムとなったフィギュアやミニチュアの元祖とも言えるだろう。

 鎌倉時代、武士たちの間で小型化した念持仏が広がっていったと、河合氏。

「源平争乱では、念持仏は合戦時の守り本尊でした。源頼朝は、京都にいた頃に乳母が清水寺で祈っている時にお告げがあって授かった二寸銀の聖観音を敬って髪の毛の中に入れていたと言われています」

「戦国武将と念持仏」の著書がある歴史探偵家の高橋伸幸氏は、

「頼朝の念持仏は、鎌倉時代に流行した「髻観音」と呼ばれたものです。髻というのは髪の毛を頭頂に集めて束ねたもので、そこに小さな仏様を結い込んだようです。刀で斬られた時にこの小さな仏様に刀が当たって一命をとりとめたなんていう話も記録にあるのです。平安時代の末期から鎌倉時代には、戦乱や疫病、災害が頻発して、〝末法の世〟であるという思想が広がっていました。源信が著した『往生要集』などには、生前に犯した罪によって8つの階層にわたる地獄の責苦が、これでもかというふうに描写されています。そんな地獄に堕ちる恐怖から逃れるために、ひたすら南無阿弥陀仏の念仏を唱えることで、極楽浄土に生まれ変われるという浄土思想が爆発的に広まることになるのです」

 と言う。

(つづく)

※写真は源氏山公園(神奈川県鎌倉市)の源頼朝像

河合敦(かわい・あつし)65年、東京都生まれ。多摩大学客員教授。歴史家として数多くの著作を刊行。テレビ出演も多数。最新刊:「平安の文豪」(ポプラ新書)。

高橋伸幸(たかはし・のぶゆき)北海道出身。歴史探偵家。「一個人」「歴史人」などの編集長を経て独立。著書に「戦国武将と念持仏」(KADOKAWA)、「戦国の合戦と武将の絵事典」(成美堂出版)などがある。

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