イラン政府にとっての最大の脅威はイスラエルではなく「自国民」

 イランは一見、統一された国家のように見えるが、実は多民族国家であり、内部の分断と不満が政府にとって深刻な脅威となっている。

 ペルシャ人が人口の約6割を占めるが、クルド人、アゼルバイジャン人、バルーチ人、アラブ人など多様な民族が共存し、それぞれ独自の言語、文化、歴史を持つ。これが国内の不安定要素となり、特にクルド地区やシスタン・バルチスタン州では分離独立を求める動きが根強い。

 一方、若者たちの間では、厳格なイスラム体制や経済的困窮に対する不満が爆発寸前だ。イラン政府が外部の敵、特にイスラエルを強調する背景には、こうした国内の不協和音を抑え込む狙いがあるとも言える。

 イランのクルド人は北西部に集中し、約800万~1000万人と推定される。彼らは独自の言語と文化を持ち、長年にわたり自治や独立を求めてきた。イラン政府はクルド人の政治活動を厳しく取り締まり、武装勢力との衝突も頻発。2022年のマフサ・アミニの死をきっかけとした抗議運動では、クルド人地域が特に激しいデモの舞台となり、政府への反発が顕著だった。

 同様に、南東部のシスタン・バルチスタン州に住むバルーチ人は、経済的疎外と宗教的差別を訴え、分離独立を掲げる武装組織が活動を活発化させている。これらの地域では、貧困やインフラ不足が住民の不満を増幅し、政府への信頼をさらに損なっている。

 イランの人口の約6割が30歳未満であり、若者は社会の主要な力だ。しかし、彼らは高い失業率、経済制裁による生活苦、厳格な社会的規制に直面している。特に女性はヒジャブ着用義務などの制限に強い反発を示し、22年の全国規模の抗議運動は「女性、人生、自由」をスローガンに若者たちが主導。

 ソーシャルメディアを通じて組織化されたデモは、政府の抑圧にもかかわらず、都市部から地方まで広がった。政府はインターネット制限や暴力的な弾圧で対応したが、これがかえって若者の怒りを増幅。多くの若者が、イスラム革命体制そのものに疑問を投げかけ、改革や体制転換を求める声が高まっている。

 イラン政府はイスラエルや米国を「最大の敵」と位置づけ、国民の目を外部に向けようとする。しかし、国内の分離独立運動や若者の不満は、体制の存続にとってより直接的な脅威だ。政府はこれらの問題を抑え込むため、監視強化や言論統制を進めているが、国民の不満は解消されず、むしろ地下でくすぶり続けている。

 イランの多民族社会と若者のエネルギーは、変革の可能性を秘める一方、体制にとっては制御不能な火種だ。イスラエルへの敵対姿勢が国内の団結を促す道具として使われても、国民の声は抑えきれず、イラン政府の真の脅威は内部にあると言えるだろう。

(北島豊)

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