歴史発見!「戦国武将のグルメ」探訪(3)加藤清正が朝鮮から送った「虎」は美味だった

 誰もが知る、食を巡る逸話&事件簿に隠された本当の真実とは?

 信長が家康を安土城に招き、その饗応役を明智光秀に命じたところ、腐った魚を出したということで、激怒した信長が光秀を叱責、打擲したという逸話がある。本能寺の変の動機の一つとも言われる、日本史上で最も有名な食を巡る事件だが、桐畑氏は、信長が甘党だったことが、この事件の原因ではないかと推測する。

「あの事件の時、腐った魚と信長が決めつけたのは、近江・坂本城主だった光秀が、メニューに加えた鮒ずしだったのでは。当時から琵琶湖周辺で作られていた珍味で、ご飯と鮒を樽に漬け込んで発酵させます。強烈な匂いがして酒飲みにはめっぽう人気がありますが、酒に強くない甘党の信長にしてみたら、ただの臭い腐った魚でしかない。滋賀は僕の地元なので、お土産に買って帰りますが、あれをうまいと言って喜んでくれるのは、やはり酒飲みの人だけですから(笑)。

 あと、加藤清正が朝鮮征伐に行った時に、皆が迷惑している虎を退治したということで、なんかいい話として伝わっていますけど、実際は精力剤で不老長寿に効くという虎の肉が食べたいからと秀吉が塩漬けにして送らせたとも言われています。千里を駆けると言われた虎の肉が栄養豊富だったのは間違いないと思いますが、実は、虎の脳味噌が美味だったそうです。

 脳味噌と言えば、秀吉が鳥取城を兵糧攻めにした時、城内では、兵糧が尽きてしまい、戦死した兵士の肉を争うようにして食ったという悲惨な事件が起こります。この時にも脳味噌が美味だったというのが記録(「信長公記」)に残っています。脳味噌は、ほとんどがタンパク質と油(脂質)なので、たぶん白子のような感じだったんでしょうね」

 生きること=食べること。今に変わらぬ“グルメの真理”がここに横たわっていることは間違いなさそうだ。

河合敦(かわい・あつし)65年、東京都生まれ。多摩大学客員教授。歴史家として数多くの著作を刊行。テレビ出演も多数。最新刊:「日本三大幕府を解剖する」(朝日新書)。

桐畑トール(きりはた・とーる)72年、滋賀県出身。お笑いコンビ「ほたるゲンジ」、歴史好き芸人ユニットを結成し戦国ライブ等に出演、「BANGER!!!」(映画サイト)で時代劇評論を連載中。

永山久夫(ながやま・ひさお)32年、福島県出身。食文化史研究家。古代から明治までの食事復元研究、長寿食研究の第一人者。大河ドラマ「春日局」などの食膳の時代考証なども担当。著書に「たべもの戦国史」「武士のメシ」等多数。

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