インド当局は6月16日、中国と国境を争うヒマラヤ山脈地帯でインド、中国両国軍が衝突し、少なくとも20人のインド兵が死亡したと発表。対して、中国外務省は「インド軍が2度にわたって国境線を越え、挑発行為や攻撃を行ったため衝突に発展した」と主張。責任はあくまでもインド側にあるとして「強烈に抗議する」と非難した。
この”大喧嘩”を報じた米TV「CBSニュース」によれば、「インド兵と中国兵らとの間には一切の銃撃戦はなく、武器は石や警棒などで、両軍の衝突で死者が出たのは1975年以来初だった」と伝えた。
今回、衝突の舞台となったギャルワン渓谷は、ヒマラヤ山脈とカラコルム山脈に囲まれた標高4300メートルの高山地帯。そんな空気の薄いところで、石を投げ合い、殴り合いをして、数十人が死に至ったとは、まさに驚くばかりだが、軍事ジャーナリストによれば、「インドと中国の国境の長さは2100マイル(約3380km)とされていますが、きちんと国境が画定されていないため、実質的には実行支配線(LAC)が続いている状態で、両国の間では常ににらみ合いが続いていました。ただ、両国とも核を保有しているため、拳銃から発射された1発の弾丸が核戦争に発展する危険性がある、として『喧嘩は上等だが、戦争にはエスカレートはしない』という暗黙の了解があった」とのこと。
ところが、ここ数年インドが国境線近くに道路や滑走路などを建設して中国側を刺激。それが衝突の原因だと中国側は主張している。だが、前出のジャーナリストはこう異を唱える。
「中国側にしてもこれまでチベットに青蔵鉄道を通したり、大きな滑走路を作ってきたという経緯がある。にもかかわらず、ここまでの”大喧嘩”に発展することはなかったんです。ところが、今回に限っては死者が出る喧嘩に発展してしまった。実は、その背景には、新型コロナウイルス感染症の拡大で世界中から非難の的になっている中国が、世論の目をそらしたいとして、軍隊を5月はじめにインド側地域に深く入り込ませ、意図的にインド側を刺激して緊張を高めたのでは、という専門家も少なくない」
たしかに尖閣諸島を始め、台湾や香港、南シナ海と東側での問題を抱えている中国としては、これ以上の西側でのゴタゴタは避けたいはず。そして、世界中から押し寄せる“コロナ・バッシング”をかわすためには、あえてインドと事を構えることで、「今回は自分たちが被害者なんですよ」と、イメージアップを図った可能性もぬぐえない。つまり、中国はそこまで追い詰められているということなのだろうか……。
「中国としてもインドとは上手く付き合っていきたいし、仮に事が起こったとしても、なるべく穏便に済ませたい。だからこそ、『死者20人』と発表したインドに対し、中国当局は死者の数を一切発表していません。これは、自国の兵士が多少亡くなっても、被害者になることでコロナ批判をかわせれば儲けもの、と考えている証拠。常識的には理解に苦しみますが、それがまかり通ってしまうのが中国という国の恐ろしさ。ただ、インドとしても銃を使わずとも、『やられたらやり返す!』という意地はありますからね。紛争が激化することは十分考えられるでしょうね」(前出・ジャーナリスト)
常に強硬姿勢を貫く中国。だが、今回の国境での“大喧嘩”で、皮肉にもその内情を浮き彫りにしてしまったようだ。
(灯倫太郎)
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