【中国】元エリート官僚が「日本にマンションを確保したい」国外脱出作戦の「異様」

 中国の不動産バブルが崩壊し、その影響が「利ざや縮小」という形で金融機関の表面に現れ始めた--そんなニュースが伝えられた5月26日、筆者はある「頼まれごと」を中国人から持ち込まれた。

 その中国人は元官僚にして高利貸し。中国人の中でもとりわけ「カネこそ命」という冷徹な金銭感覚を持つ人物である。だが、筆者が中国に駐在したばかりの頃、中国共産党特有の「しきたり」「考え方」「物の見方」を教えてくれた、恩人ともいえる存在だった。

 彼は中国最高峰の大学を卒業し、官僚として将来を約束されていたエリートだった。20代にして自分より年上の部下70人を束ね、順風満帆なキャリアを歩んでいた。私が「なぜ高利貸しに転身したのか」と訊ねたところ、彼は迷いなく「最も確実にカネを稼げる職業だから」と答え、私の中国観の甘さを思い知らされた。

 彼は、官僚社会に渦巻く嫉妬や裏切り、権力闘争に嫌気が差し、「自由にカネを稼ぎたい」と高利貸しの道を選んだと、あっけらかんと語っていたのを思い出す。

 北京で官僚を辞した後、縁もゆかりもない上海で事業を始め、生活の拠点は四川省・重慶に構えた。日本人には理解しづらいが、あえて土地勘のない上海を選んだ理由は後述する。

 今回の彼の頼みは「日本にマンションを確保したい」というものだった。「東京に中国人経営の不動産会社がいくらでもある」と返信したが、彼は「それは承知している」と返してきた。つまり、彼の目的は中国政府に知られずに不動産を取得することだった。だからこそ、中国系の不動産業者を避け、筆者に協力を求めてきたのだ。

「高利貸し」と紹介したが、実態は銀行業に近い。彼と知り合ったのは、彼が高利貸しの仕事を始めて10年ほど経った2010年代初頭。きっかけは、黒竜江省の石炭業者が地元政府から高速道路の建設を命じられ、その資金の調達に迫られていた案件だった。

 民間企業がインフラ建設費を肩代わりするというのは奇妙に聞こえるかもしれないが、要は官僚の横領分を企業に押し付けたのだ。このレベルの官僚の悪事は、中国では珍しいことではなかった。

 こうした事例からも分かるように、彼の業務規模は日本の地方銀行や信用金庫に匹敵するレベルだと理解した方が早い。

 彼が上海を事業拠点に、重慶を生活拠点にしていたのは、稼ぎを役人に察知されにくくするためだ。だが、どれだけ慎重を期しても噂は広がるもので、彼は各地で役人の接待に追われていた。

 それでも、これまで金融業は「聖域」とされ、不動産バブルが弾けても打撃を免れていた。だが、今や金融機関ですら「逆ざや」に陥り、香港や本土の上場大手でさえ収益を確保することが難しくなっている。

 その結果、儲け頭の高利貸しも恨みを買い、役人たちから目をつけられたのだ。だからこそ、彼は娘に経営者ビザを取らせて、東京のマンションを購入。なんとか娘を帰化させて、日本に資産を移すという“脱出作戦”に打って出たのである。

(団勇人・ジャーナリスト)

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