5月30日、日本政府は中国と、日本産水産物の輸入再開に関する技術的合意に達したと公表した。この合意は、2023年8月の東京電力福島第一原発の処理水海洋放出開始に伴い、中国が日本産水産物の輸入を全面的に停止して以来、約2年ぶりの進展である。輸出関連施設の登録手続きが完了次第、日本産水産物の対中輸出が再開される予定である。
この動きは、単なる経済的判断を超え、中国の政治的戦略の一環として注目される。なぜこの時期に中国は輸入再開を決断したのか。背景には、国際政治の動向、特に米トランプ政権の保護主義政策と日米関係への影響を活用する意図が潜んでいると考えられる。
トランプ大統領の再選後、米国は保護主義的な経済政策をさらに推し進めている。「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ政権は、高関税政策、いわゆる「トランプ関税」を積極的に展開。これにより、欧州やアジアの同盟国を含む各国が経済的混乱に直面している。
特に日本に対しては、自動車や工業製品への関税引き上げや相互関税の導入を匂わせ、日米間の経済的緊張が高まっている。トランプ氏は日本の対米貿易黒字を問題視し、さらなる譲歩を求める姿勢を示しており、日米関係の経済的基盤に不安定要素が生じている。この状況は、中国にとって日本との関係強化の好機をもたらす。
中国は、米国との対立が続く中、日米同盟の結束を弱めることで、対中抑止の枠組みを揺さぶることを狙っている。日本産水産物の輸入再開は、日本に経済的恩恵を与えることで両国関係の改善を演出し、日本を米国から遠ざける一歩となり得る。中国はこれまでにも経済的誘因を外交戦略として活用してきた歴史があり、今回の措置もその一環とみなせる。
日米同盟は、アジア太平洋地域での中国の影響力拡大を抑制する重要な柱である。しかし、トランプ政権の保護主義的圧力が日本にかかる中、中国は日本との関係強化を通じて、この同盟に亀裂を生じさせようとしている。輸入再開は、日本にとって経済的利益が大きく、特に水産業や地方経済への好影響が期待される。これにより、日本国内で対中関係改善を求める声が強まる可能性がある。さらに、中国は東アジアでの地域的影響力の拡大も目指している。
日本産水産物の輸入再開は、ASEAN諸国や韓国など他のアジア諸国へのシグナルともなる。中国が日本との経済協力を進める姿勢を示すことで、地域内の対中包囲網を緩和し、経済的結びつきを強化する意図がある。これは、米国が進めるインド太平洋戦略への対抗措置としても機能する。
日本政府は今回の合意を歓迎しているようだが、中国の政治的意図を慎重に評価する必要がある。輸入再開は水産業にとって好機だが、過度な対中依存はリスクを伴う。中国が日本産水産物の輸入を再開する背景には、トランプ政権の保護主義による日米間の緊張を利用し、日米同盟の結束を弱める戦略があると推測される。経済的恩恵を通じて日本に接近し、地域での影響力を拡大する狙いは、中国の長期的な地政学的目標と一致する。
日本は、経済的機会を活用しつつ、中国の意図を冷静に分析する必要がある。地政学的リスクを考慮しつつ、バランスの取れた戦略を構築することが求められる。
(北島豊)