寺脇研「今週のイチ推し!」代々の師弟関係の繫がりに伝統芸能の重みを感じる!!

 落語家には、前座(4~5年)→二ツ目(約10年)→真打の階級がある。私が立川談四楼の落語を初めて聴いたのは、二ツ目時代の1980年だった。84年に真打昇進してから、40年余りが経つ。

 一方で、小説「屈折十三年」を書き、作家デビューを果たして以来、「落語もできる小説家」と自称し、エッセイ集を含め30冊を超える著書がある。X(旧ツイッター)でも15万人以上のフォロワーを持つ。

 そんなユニークな著者の最新刊が本書だ。

 表題作「七人の弟子」は〈師匠と弟子〉という落語界独特の人間関係を描いている。弟子入りを願う者を受け容れるも受け容れないも、それは全く師匠側の自由だ。しかし、入門を許した瞬間、師匠は弟子を教育し、可能な限り生活の面倒をも見ることになる。そうした関係の下で、本作でもリアルに描かれている前座、二ツ目の厳しい修業(脱落するケースも決して少なくない)を経て、一人前の真打となり独立していくのである。

 ただ、談四楼師匠の採った弟子たちは、他と少し毛色が違う。入門時の年齢が36歳から44歳ぐらいなのだ。普通は10代から20代、せいぜい30代半ばまでなのと比べて、群を抜いて年長の集団だ。これまた自称「中年再生工場」と名乗る。たしかに修業への適応能力は若者に敵わないだろうが、人生経験となると、その分、豊富なのである。

 弟子それぞれが、さまざまな経路を辿ってきた。出版社の社員編集者、元お笑い芸人、東大出の商社マン、声優‥‥。彼らひとりひとりとの〈師匠と弟子〉の関係を披露してくれるだけで、多彩な人生模様の織りなす哀歓が浮かび上がってくる。辞めていく弟子への愛惜の念も味わい深い。

 同時に、随所で談四楼自身の師匠である談志との思い出が差し挟まれる。そう、師匠も昔は弟子だったわけで、代々の師弟関係が繫がっていくところに、落語という伝統芸能の重みがあるのだ。談志との記憶を懐かしみつつ、談四楼は己の弟子たちと向き合っていく。そのあれこれを面白く受け止めていくうち、才能も個性も異なる登場人物たちひとりひとりが目指す落語という芸の価値を、読者も感じ取ることができるだろう。

 さらに加えて、この小説にはユニークなキャラクターが潜んでいる。「中年再生工場」を頼って弟子入りを目論む自称、39歳の男だ。実は彼は51歳、しかも、談四楼の弟弟子に断られたのを隠していた。さあ、この男、どうなっていくか。

 あと、2篇収められている短篇もお楽しみの種だ。

 談四楼はもちろん、現在は8人になっている弟子たちの落語も聴きたくなってくる一冊である。

《「七人の弟子」立川談四楼・著/1980円(左右社)》

寺脇研(てらわき・けん)52年福岡県生まれ。映画評論家、京都芸術大学客員教授。東大法学部卒。75年文部省入省。職業教育課長、広島県教育長、大臣官房審議官などを経て06年退官。「ロマンポルノの時代」「昭和アイドル映画の時代」、共著で「これからの日本、これからの教育」「この国の『公共』はどこへゆく」「教育鼎談 子どもたちの未来のために」など著書多数。

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