家で東京新聞を取るようになって18年目になる。きっかけは、07年にこの新聞の紙面批評を1年間担当したことだ。隅々まで読むうち、朝日、読売といった巨大全国紙とはずいぶん違う率直な切り口にすっかり魅せられてしまい、紙面批評の仕事が終わった後も定期購読者の1人となった。
全国紙の場合、広告を出す大企業や、多様な意見を持つ団体など、多方面への無難なバランスを取るための配慮がどことなく感じられる。それに対し、この新聞は言いたいことをズバリ言ってのけるのだ。
つまり「空気を読まない」新聞なのである。なぜこうした信念を貫くことができるのか。本書は、その内幕を綴ってくれる。なにしろ著者は、社会部、政治部の記者として長年活躍。政治部長、社会部長、編集局長、さらには東京本社代表を歴任した「ミスター東京新聞」とも言える人だから、誰よりも全てを知っているわけだ。
この新聞は大規模デモのような反戦や平和に結びつく活動がトップ記事になることさえある。当然、共感する読者もいれば、反発を感じる向きもあるだろう。購読者であるわたし自身、必ずしも全ての記事にうなずけるわけではない。しかし、政権側のチェックに忖度したり、ひどいメディアとなると、政権にとって都合の良いだけの捏造に近い記事を出したりするのに比べると、信念を貫く新聞が存在することの意義は大きい。
ましてや、ネットを使ったでっち上げ情報に、選挙結果が左右される場合すら出てきた昨今、正確な報道を通して一貫した主張を掲げるのは、有象無象の怪しい言説と違って信用はできるはずだ。ここに記された事実について東京新聞の論調とは逆の立場である者でも、それなら虚偽に騙されず真実に基づいて反対の主張ができるではないか。
憲法、安保、原発に関する論点を明示した報道が2014年「日本ジャーナリスト会議大賞(JCJ賞)」を受賞したのも、賛否の争点を明確化して、読む者に判断を問う姿勢の表れなのである。これらに、沖縄問題を加えた4つの柱を堅持するのも編集の方針だという。
2面見開きで1つの問題を扱う「こちら特報部」は、1968年から続く看板コーナーだ。識者や市民のさまざまな声を集めて、読者に判断材料を提供する。写真を大胆に使った記事レイアウトもわかりやすい。さまざまな工夫がなされる理由として、記者たちの自由度が高いというのもうなずける。自由闊達に多方面で気を吐く望月衣塑子記者など、その好例だろう。
繁栄するネットメディアに対し、既成メディアの没落が露わになりつつある中、東京新聞だけが元気である秘訣が、この本に全て明かされている。
《「東京新聞はなぜ、空気を読まないのか」菅沼堅吾・著/1540円(東京新聞出版)》
寺脇研(てらわき・けん)52年福岡県生まれ。映画評論家、京都芸術大学客員教授。東大法学部卒。75年文部省入省。職業教育課長、広島県教育長、大臣官房審議官などを経て06年退官。「ロマンポルノの時代」「昭和アイドル映画の時代」、共著で「これからの日本、これからの教育」「この国の『公共』はどこへゆく」「教育鼎談 子どもたちの未来のために」など著書多数。