兵士獲得に躍起だったロシアのプーチン大統領が、国民の予備役動員に踏み切ったのは去年9月のこと。だが、世論の反発を招き、国外への脱出者が続出。その後は、高額報酬をちらつかせ、とにもかくにも志願兵を募る状況が続いてきた。
そんな中、メドベージェフ前大統領は、今年1月以降の志願兵の数が38万5000人に達したとして、来年以降も志願兵募集を継続すると発表。改めて相手が完全に白旗を上げるまで、ウクライナとの戦争継続の意向を明らかにした。
11月に入ってからも、激戦が続くウクライナ東部ドネツク州アウディイウカ。現在、この前線で正規軍とともに作戦に加わっているのが、ロシア南部チェチェン共和国トップ、ラムザン・カディロフ首長の影響下にある特殊部隊「アフマト」だが、なんと、この部隊に民間軍事会社ワグネルの元部隊員が大量に移籍しているのだというのだ。
「この事実は、アフマトのアラウジノフ司令官が29日、ロシアメディアに語ったものですが、カディロフ氏とワグネル代表のプリゴジン氏が旧知の関係にあったことは知られた話。『ワグネルの乱』以降は距離を置いていたようですが、部隊同士の交流もあり、やはり水面下ではやり取りがあったのでしょう。結果、カディロフ氏が一部の兵士を引き受ける形でチェチェン部隊と合流したものと考えられます」(軍事アナリスト)
アフマトは、2004年7月にプーチン指示のもと、チェチェン共和国内務省に創設された対ゲリラに特化した特殊部隊。隊員数は千数百人とワグネルに比べれば小規模だが、2006年6月には、プーチンの命によりチェチェン・イチケリア共和国の大統領を殺害するなど、プーチンに対する忠誠心は絶対。現在も首都グロズヌイなどの治安維持とチェチェン独立派に対する取り締まりを担っている。
「プリゴジン氏が航空機墜落事故で死亡して以降、ワグネルの処遇についてさまざまな憶測が流れていましたが、ロシア国防相はプリゴジン氏亡き後も刑務所から受刑者兵士を募り、戦場へと送りこみ続けています。そこで、受刑者たちの扱いに手慣れているワグネルに白羽の矢が立った可能性もある。その証拠に、現在ドネツク州の最前線アウディイウカなどに投入されている突撃部隊『ストームZ』は、元受刑者らで構成され“肉の壁”とも呼ばれており、かつてプリゴジン氏指揮の下ワグネルが行っていた作戦と全く同じです。このような残酷な軍事作戦の指揮は正規軍兵士レベルでは到底無理。おそらくはワグネルがなんらかの形で関わっている可能性は高いと思いますね」(前出・軍事アナリスト)
30日に発表されたアメリカのシンクタンク「戦争研究所」の調査によれば、アウディイウカ地区では「ストームZ」の消耗は激しく、同部隊には十分な訓練も砲撃による支援もなく、ただただ決死の突撃を強いられているため、その損失は40〜70%に及ぶとしている。
これこそ、まさにワグネルがこれまで行ってきた「肉の壁による捨て身」作戦。今年5月には激戦地ドネツク州バフムトで数万人の受刑者が戦死したとされるが、今後ドネツク州アウディイウカでも同様の事態が起こる可能性は高い。皮肉なことに死してもなお、プリゴジン氏の残虐な作戦手法だけが踏襲されているのである。
(灯倫太郎)