ロシアにとって、第2次世界大戦で旧ソ連がナチス・ドイツに勝利した特別な日である戦勝記念日式典が5月9日、首都モスクワ中心部にある「赤の広場」で開催された。
演説の中でプーチン氏は、ウクライナ侵攻について「われわれの祖国に対し、再び本物の戦争が開始された」として、これまで用いていた「特別軍事作戦」から、初めて「本物の戦争」という表現を用いている。
「とはいえ、この戦争はあくまでも西側が仕掛けたもので、我々は祖国を守るために戦っているだけだ、という正当性を改めて強調したに過ぎず、今後の展望については具体的な指針は示されませんでした。さらに『赤の広場』の脇にあるクレムリンでは、3日未明にドローン攻撃があったことで、何らかの声明が出されると思われましたが、演説ではこの件についても一切触れずじまい。おそらくは、戦況が長期化する中、防空体制の弱体化が指摘され、国民の不安や不満をエスカレートさせたくないという意図もあるのでしょう。未遂に終わったとはいえ、中枢であるクレムリンが攻撃された事実は大きい。会場周辺はいつにない厳重な警備態勢が敷かれ、異様な緊張に包まれていました」(ロシアウォッチャー)
さらに異例だったのが、演説後に行われた軍事パレードだった。というのも通常、軍事パレードというのは、その国の軍事力を誇示できる重要な機会。なので、盛大であれば盛大であるほど行う意味があるとされる。
ところが今回の式典では、兵士の行進に続いて登場したのは、たった1両の戦車と装甲車など複数の軍用車両のみ。しかも現れた戦車は、第2次世界大戦で使用された「T-34」と呼ばれる旧式で、昨年との違いに世界の軍事関係者の間からは驚愕の声が上がったという。
「『T-34』は、1939年に旧ソ連で開発された戦車で、第2次世界大戦中、ドイツ軍と戦いに主力として用いられたもの。それを冷戦時代を経て、ところどころ改良しながら長期間に渡って活用されてきたレジェンド機です。とはいえ、戦車1両というのは余りにも寂しいという印象は否めない。たしかに、ウクライナと戦闘中で損耗していることもあり、戦車をパレードに出せなかったというのが本当のところでしょう。ICBM『ヤルス』こそ最後に登場したものの、恒例の戦闘機などによる上空飛行もなく、結果、パレードは短時間で終了。2月に行われた北朝鮮の軍創設記念パレードと比較しても規模も兵器も圧倒的に地味で、正直、マイナス面ばかりが目立ったパレードになってしまいました」(軍事ジャーナリスト)
直前には、激戦地バフムトの最前線で戦う民間軍事会社「ワグネル」代表のプリゴジン氏と、ショイグ国防相、ゲラシモフ軍参謀総長との内部対立が表面化したばかり。また、ロシア国内では「兵士募集」の広告がさかんに流さるほど徴兵もうまくいっていないようだ。世界に軍事力を誇示し、国内のナショナリズムを高揚させるためのプーチン氏肝いりの行事だったが、予想外の「しょぼいパレード」で逆効果になってしまったかもしれない。
(灯倫太郎)