インドとパキスタン――宿命のライバルである両国が、再びカシミール地方をめぐり、危険な対立の淵に立たされている。
事の発端は、4月22日にインド支配下のカシミールで発生したテロ事件だ。武装集団が観光客を銃撃し、26人もの命が奪われた。インド政府は即座に、パキスタン政府がこの攻撃を支援したと非難。パキスタン側の実効支配地域への報復攻撃を宣言した。5月7日、インド軍はパキスタン領内およびカシミールのパキスタン支配地域9カ所を空爆。パキスタン側は26人の死者と46人の負傷者を報告し、報復を誓った。10日、両国は米国の仲介により即時停戦で合意したものの、緊迫は続いている。
カシミール問題は、1947年の英領インド分離独立以来、両国間に横たわる根深い対立の象徴である。ヒンドゥー教徒主体のインドと、イスラム教を国教とするパキスタンは、過去に3度の戦争を経験し、領有権をめぐる争いは未だに解決の糸口が見えない。今回のテロ事件は、こうした歴史的確執に新たな火種を投じた。
この危機を一層深刻にしているのは、両国が核保有国であるという事実だ。インドもパキスタンも多数の核弾頭を保有し、互いに牽制し合ってきた。過去の紛争では、核の使用は最終手段として抑止されてきたが、今回の緊張は様相を異にする。インドのミサイル攻撃に対し、パキスタンが核戦力を動員する可能性も囁かれ、ある情報筋は「パキスタンがインドに対し宣戦布告し、核戦争に突入するシナリオ」を警告している。
核戦争のリスクは、南アジアにとどまらない。もしインドとパキスタンが核の引き金を引けば、その衝撃は世界の核戦略を一変させる。
とりわけロシアのプーチン大統領にとって、この事態は核使用の心理的ハードルを劇的に下げる契機となり得る。ウクライナ戦争で繰り返し核の脅威をちらつかせてきた中、インドとパキスタンの核使用は、「核兵器は実際に使用可能な手段である」ことを証明する前例となるだろう。ロシアがNATOとの対立の中で核兵器に手を伸ばす可能性は、飛躍的に高まる。南アジアの危機が、欧州や世界全体を巻き込む“核の連鎖反応”を引き起こす恐れがあるのだ。
(北島豊)