入門マニュアル「シニア再就職のリアル」〈警備員〉(3)「警備室は天国だよ」

「24時間勤務でも実働はたった2時間。それ以外の時間は冷暖房の効いた警備室で本を読んだり、テレビを見て過ごしています。警備室は天国だよ」

 そう話すのは、都内のオフィスビルに1名体制で常駐する御年70歳の岡本慎吾さん(仮名)。恵まれた勤務スケジュールを時間を追って語ってもらおう。

「平日は夕方スタートですが、土日祝は朝8時から翌朝8時までの勤務で実際に働いているのは2時間。その大半を占めるのが5回義務付けられている巡回。5階建の小規模なビルなので巡回は20分くらいで終わってしまいます。月にだいたい15日の出勤で、深夜手当込みで月収約22万円。仮眠も6時間とれるので、仕事明けでもそれほど眠くならずに日中活動できるのがありがたいです」

 月の約半分を過ごす警備室には快適な住環境が整っている。

「冷蔵庫や電子レンジ以外にも、ポットやガスコンロ、炊飯器まであるから、食事には困らない。よくお茶漬けや鍋焼きうどんなど簡単な料理を作っています。シャワーも完備されていて使い放題。洗濯機こそないものの、月に数回クリーニング業者が来てくれて、制服やシーツなどを洗ってくれます」

 しかし、恵まれた待遇から、ついスキが生じ、信じがたい問題行動が。

「15年以上前からここに常駐していた前任の警備員は、この至れり尽くせりの環境に甘えて節度を忘れ、わずかな巡回すらサボるようになりました。挙句には男友達をこっそり警備室に呼んでは酒盛りを楽しむこともあったそうです。しかし悪事はいつかバレるもの。テナントの社員から勤務態度についてのクレームが入り、それをきっかけにそれまでの余罪が全てバレて、最終的に解雇となりました」

 前任者の不祥事があっても、岡本さんの勤務スタイルは変わらない。

「巡回以外にこれといって仕事がないので仕方がない。超が付くマジメ人間ならば、モニターをじっと監視し続けたり、資格の勉強をするかもしれませんが、この年ですからね。『ここにいるのが仕事』と割り切っていますよ」

 その一方、この天国のような現場がいつまで存続するのか、気が気でないようで、

「今や小規模な雑居ビルは、経費削減のためにどんどん『機械警備』になっていっています。有能なセンサーがあれば、不審者の侵入や火災もいち早く察知できますからね。今や無人が主流で、警備員が常駐しているのがレアケース。テレワークやリモートワークの普及で、企業がオフィスを構える必要性も薄れてきましたし、こうした泊まりの警備の仕事はいつなくなってもおかしくありません」

 炎天下の公道で額に汗して誘導棒を振るのも警備員なら、快適な警備室を享受するのも同じ警備員。同じ職種でも職場選びに老後の安泰がかかっているのかもしれない。

*週刊アサヒ芸能10月20日号掲載

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