「吉田拓郎と井上陽水」それぞれの引き際(4)伝説となった「’75つま恋」

 今やこの時期の風物詩となった「夏フェス」。今年も全国各地で数万人が集う野外コンサートが開催される。しかし、その原風景には荒野を切り開いた革命児の姿があった。’75つま恋、あの燃えるような一夜が盟友・山田パンダの秘話で今、蘇る!

 69年夏、米ニューヨーク郊外の音楽イベント「ウッドストック」の6年後、日本では静岡・掛川で最初の野外オールナイトコンサートが開催された。

 音楽評論家の富澤一誠氏が解説する。

「日本で最初のオールナイト野外コンサートが『吉田拓郎・かぐや姫インつま恋』だった。しかも、観客数は5万人超。今でこそ大規模な野外コンサートは当たり前になっているが、拓郎は誰もやっていないことに挑戦した。75年8月2日、私も行って、5万人もの観客が本当に集まるのか半信半疑だったが、山の中は絨毯を敷き詰めたような人だかりになった」

「超えてゆけ」─先導する拓郎に共鳴した全国の若者たちが怒濤のように会場に押し寄せたのだ。

「つま恋」の当事者でもある「かぐや姫」の山田パンダ(77)が当時を述懐する。

「その頃、かぐや姫は解散が決まり、ソロ活動が始まっていた。僕はドラマ『あこがれ共同隊』(TBS)の主題歌『風の街』を書いてもらったこともあって拓郎とは頻繁に会っていたんだ。だから、ひと足先に『つま恋』の計画をペニーレインで聞いた。かぐや姫の一夜限りの再結成も楽しみだったけど、それより、オールナイトなら拓郎の歌を全部網羅できるぞと興奮したね。だって、今日は『イメージの詩』やらなかった、なんて物足りない思いしなくていいからね」

 いよいよ迎えた当日の朝、拓郎はいつもの様子ではなかったという。

「野外で5万人なんて未知の領域だったけど切符は早くからソールドアウト。拓郎も相当気合いが入っていた。8月2日、拓郎は早朝から廊下を走り回って『起きろ起きろ! 寝てる場合じゃない!』ってみんなを叩き起こすんだよ。こっちはステージは夕方だと思ってゆっくりしてたけど、拓郎のステージはすでにその時から始まってたんだ」(山田氏)

 いよいよ夕方5時過ぎ、西日差すステージに拓郎が向かった。

「白いバギーパンツに素肌に白いベスト、インド模様のスカーフをバンダナ代わりにした拓郎をステージに送り出すと、客席から怒濤のような拓郎コールが響いてきた。1曲目の『あゝ青春』から始まり、拓郎は噛みしめるように歌った。『朝までやるよー』と何度も叫んで疾走すると、客席は歓喜でうねりを上げるようだった。これは歴史に残るライブになると思った」(山田氏)

 拓郎からバトンを受けたかぐや姫の3人が熱狂のステージへ上り「なごり雪」などを披露。さらに、拓郎、かぐや姫、かぐや姫ソロなど順繰りにつなぎ、満を持してしんがりに登場したのが拓郎だった。

「明け方3時からの3度目のステージが圧巻だった。拓郎は『寝るなよ』なんて言ったけど、全身全霊をかけ体力の限界まで叫び歌う姿に寝てる奴は1人もいなかった。ラストの『人間なんて』では拓郎はステージの最前方に歩み出て、5万人の大合唱を両手を広げて受け止めていた。まるで俺の胸に飛び込んでこいと言わんばかりだった。明け方の4時過ぎ、もう5万人の客と拓郎は一体化しているようだった。これが野外ライブの真骨頂なんだと感動した」(山田氏)

 12時間で全108曲、拓郎だけでも59曲。最後まで潰れた喉で歌い続け、前人未到の地平をブルドーザーのように切り開いたのだ。

*「吉田拓郎と井上陽水」それぞれの引き際(5)につづく

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