江上剛「今週のイチ推し!」トランプの誕生日は「寂」毎日の一字を禅語から考察

 いやぁ、いい本だなぁ。著者は、瀧桜で有名な福島県三春町の臨済宗・福聚寺住職で芥川賞作家。本書はベストセラー「禅的生活」(ちくま新書) のいわば「日めくり版」である。本書で「一日に独立したまとまりをあたえる、ほんの小さな縁を読者に提供することで『活発』な歩み」を助けたいと言う。

 読み方は、まずは今日の日付のページをお読みいただき、後はご自由に、というスタイルだ。例えば、4月21日の字は「鼠」。各ページに添えられた菅沼雄風氏の雄渾な書が心を癒やしてくれる。「鼠」の読み方が「ソ・ショ・ス・ねずみ」と詳しく紹介されている。「ソ」と「ねずみ」は知っていたが「ショ」と「ス」は知らなかった。勉強になる。

 私の誕生日の1月7日は「鶴」である。著者は「松花鶴に伴って飛ぶ」と言い、「鶴」が愛でたいとされるのは「松」や「亀」との組み合わせである、と説く。そして「鶴と亀」は共に長寿と思われているが、そうではない、となにやら謎めいた言葉で終わる。さらに「詳しくは次項の亀に譲る」と、次のページへと導かれる仕掛けになっている。「鶴と亀」が長寿以外の何を象徴しているのかを知りたければ、本書を購入していただきたい。

 今、世界を混乱に陥れているトランプ大統領の誕生日は6月14日。この日は「寂」である。この字は「ジャク・セキ・さび・さびしい、さびれる」と読む。著者は「和・敬・清・寂」と書く。これは千利休の茶の精神「四規」だと言う。随分と、日本精神を体現する漢字が与えられたものだ。今のトランプショックが「和」で始まったとは、とても思えないが、早く、「寂」の平安な境地に到達すればいいと考える。このままだと、世界中が同じ「さび」でも「錆」の「rust world(錆びついた世界)」になってしまう。

 もう一人、プーチンは10月7日生まれ。彼の漢字は「涸」で「コ・かれる・からびる・つきる」と読む。著者は「水はじめて涸る」と書く。これは10月3日から7日で稲が収穫の時期となり、田から水を抜く「水始涸」のことで、二十四節気をさらに分けた七十二候の末に当たる。日本人がどれだけ米作りに精魂を込めていたかを示す漢字である。

 プーチンが攻撃するウクライナの大地は、麦の大産地である。この「水始涸」時期は、広い大地に麦の穂が風に揺れ、人びとが収穫を待ち望む季節だろう。それがロシアの攻撃で同じ「かれる」でも、麦が「枯れる」ことになっているのではないだろうか。

 トランプもプーチンも期せずして閑雅な「寂」と「涸」の漢字が当てられているが、同じ読み方ができる「錆」や「枯」にならないことを望みたい。こんな思い思いの読み方ができるのが、本書の魅力である。

《「禅的生活365日 一日一字で活溌に生きる」玄侑宗久・文 菅沼雄風・書/1980円(誠文堂新光社)》

江上剛(えがみ・ごう)54年、兵庫県生まれ。早稲田大学卒。旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)を経て02年に「非情銀行」でデビュー。10年、日本振興銀行の経営破綻に際して代表執行役社長として混乱の収拾にあたる。「翼、ふたたび」など著書多数。

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