原子力潜水艦は、相手国に位置を知られず数カ月にわたって潜航し、核兵器で先制攻撃、あるいは報復攻撃を行うことを任務とする、いわば核戦争に備えた戦略兵器だ。そのため基本は相手国のレーダーに探知されぬよう深海を進み、そうそう浮上するものではない。
ところが12月2日、そんなロシアの最新型攻撃用潜水艦が南シナ海で捕捉されフィリピン軍が追跡したことが現地日刊紙「インクワイアラー」で報じられ、その真意を巡って様々な憶測が広がっている。
同紙の報道によれば、捕捉された潜水艦はロシア海軍のキロ型攻撃用潜水艦「ウファ」。11月28日にフィリピン西ミンドロ州から西に148キロメートル沖の海上で浮上した状態で捕捉され、そのまま北へゆっくりと移動。フィリピン領海を通過したという。
「この最新型の潜水艦は長さ74メートルで、排水量は3900トン。世界で最も静かに移動できる能力を備えていることから『ブラックホール』と呼ばれ、最大で45日間にわたり深海を走行可能。巡察・偵察のほか、核ミサイル発射任務を遂行できるよう攻撃用に設計されているといいます」(軍事ジャーナリスト)
海上でウファを確認したフィリピン海軍は、すぐに護衛艦と航空機を派遣。その後追跡し監視が継続されたが、現地メディアによれば、ロシア海軍は今年7月に中国海軍と南シナ海で合同演習後、11月初めにインドネシアのジャワ海でインドネシア海軍と初の合同演習を行うなど、南シナ海での活動範囲を広げているとされ、ウファもマレーシアのコタキナバル海軍基地を訪問。南シナ海で作戦を遂行し、カムチャツカ海軍基地にあるロシア太平洋艦隊の潜水艦基地に帰る予定だったのではないか、と報じている。
「ただ、これはすべて米国情報機関からの情報で、ロシア側からの説明は一切ない。ロシア原潜が確認されたことについて記者団の取材に応じたフィリピンのマルコス大統領は『非常に懸念すべきだ。西フィリピン海、わが国のEEZ、わが国の基線へのいかなる侵入も非常に憂慮すべきだ』とコメントしていますが、フィリピンは中国との間で南シナ海の領有権を巡って、ここ数年にわたって緊張関係にある。そんな中でロシアがウクライナ侵攻直前の2022年、プーチン大統領が北京を訪問し、中ロの間で無制限のパートナーシップ宣言が出された。つまり、ロシアの脅威は、そのまま中国の脅威になる。フィリピン海軍は海事規則を遵守し潜水艦をエスコートした、と発表していますが、ロシア原潜の謎の行動が様々な憶測を呼ぶのは当然のことです」(同)
実はフィリピンは22年のロシアによるウクライナ侵攻後、ロシアから購入する予定だったロシア製軍用ヘリコプター16機の購入を中止。今年6月にゼレンスキー大統領がフィリピンを訪問した際、マルコス大統領は、南シナ海における中国の威圧的行為に晒されるフィリピンとウクライナの現状とをなぞらえ、「両国に共通する問題を話し合い、ともに歩める道を見つけることができればと思う。平和を促進し、戦闘を終結させ、政治的解決をもたらすために、できるかぎりのことをし続ける」と述べ、ゼレンスキー氏も「ウクライナの領土の一体性と主権について支持してくれていることを、とてもありがたく思う」と謝意を示したこともあった。
むろん、今回の威嚇ともとれる原潜浮上とウクライナとの因果関係ははっきりしていないが、背景に中国とロシアの影がチラついていることも事実。ウクライナ、フィリピンともに主権の侵害に対する戦いはまだ当分続きそうだ。
(灯倫太郎)