「ワグネルの乱」はなぜ起こり、なぜ終わったのか? “消息不明”プリゴジン氏「亡命後」の行方

 2023年6月25日—。プーチン大統領にとってこの日は、忘れられない長い一日になったことは間違いないだろう。

 日本時間の24日午後2時前、武装蜂起したワグネルがロシア南部・ロストフ州の軍事施設を制圧したと発表。その後、北上したワグネル軍は、ボロネジ州の軍事施設を占拠し、北にあるリペツク州から、いよいよモスクワを目指し進軍を開始したことで、世界中に緊張が走った。ところが日本時間の25日未明、モスクワとの距離200キロという地点で突如、プリゴジン氏は「ロシア人の血が流れる(可能性の)責任を理解して、我々は隊列を方向転換させる」と、進軍停止を発表。ロストフ制圧からわずか12時間後の“心変わりに”再び世界が揺れることになった。

 今回のモスクワへの進軍についてプリゴジン氏は、戦闘員2万5000人全員が死ぬ準備ができているとして「大統領やロシア連邦保安庁や誰かの要求に応じて自首するものは誰もいない。なぜなら我々は汚職・裏切り・官僚主義のなかでロシアが存続することを望んでいない」と現体制を痛烈に批判、決死の覚悟を見せていた。

「これに対し、プーチン大統領は緊急演説で『裏切り者は全員処罰する』と宣言。そして、隣国・ベラルーシのルカシェンコ大統領がプリゴジン氏に直接電話をかけ、進軍停止を求めたとされますが、軍隊全員死ぬ覚悟が出来ているとまで言い切った人物が、いくら旧知の人物の頼みとあっても、わずか数時間でいとも簡単に掌を返せるものなのか。当然、交換条件として、まずは自身とワグネル隊員の身の安全が守られること。さらには、ショイグ国防相とゲラシモフ参謀総長の解任を求めたことは、想像に難くありません。ただ、後者については現状、具体的な動きが出ていないことを考えると、一旦妥協したプリゴジン氏が、再び同様の内乱を繰り返す可能性もゼロではないかもしれません」(ロシアウォッチャー)

 だが一方、こんな見方を示す専門家もいる。それが、プリゴジン氏がベラルーシ出国後、再びロシアに戻り政界へ進出することを、プーチン氏と密約しているというものだ。

「プリゴジン氏はプーチン氏の汚れ役を一手に引き受けていただけに、同氏の弱みは嫌と言うほど握っているはず。しかも後ろ盾には、プーチンの盟友と言われる大富豪のユーリー・コワルチュク氏がついているとみられている。そうであれば、いったんベラルーシに身を隠し、ほとぼりが冷めたところでもう一度ロシアに戻り活動を始めることもありうる話。そういった密約が取り交わされている可能性は十分考えられますね」(同)

 現地メディアの報道によれば、プリゴジン氏の今回の方向転換を多くのロシア市民が賞賛しており、沿道からは「ワグネル、ありがとう!」「プリゴジンさんお元気で!」という声で出迎えられたと伝えられる。

 一方、反旗を翻した人物に、裏取引という形で事態を収束させたプーチン氏の求心力が低下することは明らか。これまで政敵や反体制派を弾圧してきた彼が、このままお咎めなしで穏便に事を済ますとも思えない。

 24日以来プリゴジン氏の消息は途絶え、ワグネル広報も所在を掴めていないという。“反乱分子”プリゴジン氏の処遇はどうなるのか。あるいはポスト・プーチンの台風の目になるのか。世界が固唾をのんで見守っている。

(灯倫太郎)

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