7月4日、奈良県で街頭演説中、安倍晋三元首相が凶弾に倒れた。選挙期間中の犯行、自民党最大実力者がテロの標的になるというビッグニュースは瞬時に世界を駆け巡った。そして隣国から聞こえてきた反応は、各々の国情を反映するものだった。事件後の7月12日に配信した、ジャーナリスト・団勇人氏のレポートを改めてお届けしよう。
安倍晋三元首相が凶弾に倒れて、すぐ浮かんだのが隣国の中国、ロシア、韓国の反応だった。良くも悪くも日本の隣国であり、安倍元首相と深く関係していたからだ。
安倍氏が銃撃されたという報道の直後、中国のネットには「日本の警護はダメだ」「SPは何してるんだ?」という声で溢れた。中国は要人の安全管理に対しては非常に厳格だ。監視体制が厳重な上に、警備員の数も多いので権力者に近づくことは容易ではない。だから、SPが銃声を聞いても反応を見せず、安倍元首相の盾となって覆いかぶさることもしてないのが信じられないというのだ。
一方、韓国でも、保安の不備を指摘する声は多数あがったものの、国を代表する政治家、文化人、実業家、ジャーナリストらから哀悼をささげるようなメッセージはあまり聞こえてこなかった。
韓国政府の反応も当初は「具体的な言及は控える」としてノーコメントだった。韓国にとって安倍元首相は天敵である。内政に行き詰まると従軍慰安婦や徴用工問題を持ち出してすり抜けるのはかの国ではおなじみだが、安倍首相は反日の姿勢を見せる文在寅政権に対して、半導体の輸出管理という強い手段で対抗した対韓強硬派。そのため、政府が弔意を示せばマスコミから「親日派」と叩かれる恐れがあるから「無反応」になったのだ。
翌9日、中国の習近平国家主席と李克強首相から岸田首相あてに弔電が届いた。
そこには、突然の死を悼んだうえ「安倍晋三元首相は中日関係改善のために大変な貢献を果たした。私は彼と新時代の中日関係を築き上げたいという共通認識を持った。惜しまれてならない」とあった。
これは、単なる儀礼的な言葉ではない。バイデン米大統領の意向に流されがちな岸田外交に、反中派の中心とされながらも「安倍首相の外交が偉大だったことを忘れるな」と訴えているのだ。
中国の安倍氏に対する評価をたどれば、極めてアップダウンが激しい。
今から10年前、2012年12月に3年3ヵ月続いた民主党政権が終わり安倍内閣の発足が決定的になると、中国のメデイアは連日、靖国神社に参拝する安倍氏の映像とともに「侵略戦争を反省せず、軍国主義を掲げる」「反中派の巨頭」などと誹謗中傷を繰り返していた。ネット空間でも「悪魔の誕生を許すな」といった罵詈雑言が続いた。
中国には、共産党の意を汲んで世論を誘導する「五毛党」というサイバー部隊がある。1件書き込むと5毛(5角のこと=約10円、現在は100円以上)もらえることで五毛党と呼ばれ、メンバーは推定30万人いる。これが躍動した。
要は、中国は「美しい日本」「強靭な国家」を掲げる安倍政権の誕生を、軍国主義に向かう政権と決めつけ歓迎しなかったのだ。
ところが、安倍政権が「アベノミクス」と「強靭な国家」を掲げてスタートすると、中国政府の威嚇にびくともしない姿勢に「安倍首相はレベルの高い政治家だ」「信念ある立派な指導者だ」という評価に徐々に変わってきた。
もともと中国人は強い人間を信頼する。ところが、それが最高潮に達したのは、2020年8月末の退陣のときだ。
持病の潰瘍性大腸炎で安倍氏が辞任を発表すると中国のネット上には「中国の権力者は一度握った権力は死ぬまで手離さない」「堂々と自分の弱点を明らかにして、権力を譲ったのだから立派だ」「共産党の指導者に見習わせたい」「日中関係が大きく改善した」といった称賛が相次いだ。
今回、中国ナンバー2の李克強首相も「安倍氏とは何度も会談をし、両国関係の促進になる有益な交流を行った」と哀悼の言葉を寄せている。これも、習近平主席とタッグを組んだ警鐘であり、中国外交のしたたかさでもある。
(団勇人・ジャーナリスト)