四冠VS三冠がついに激突! 将棋界の頂上決戦となる王将戦の火蓋が切られた。それまでの対戦成績では藤井聡太竜王が8勝2敗と渡辺明王将を圧倒的にリードし、その勢いのまま、第1局も勝利をもぎ取った。年の差18歳、若き天才を相手に渡辺三冠が繰り出す逆転の秘策は存在するのか─。
天下分け目の決戦は、静岡・掛川城「二の丸茶室」で厳かに幕を開けた。1月10日、王将戦七番勝負第1局は藤井聡太竜王(19)の先手番で火蓋を切ったが、開始から3時間余り、お昼休憩の直前に〝事件〟が勃発した。
「この手は意味がわかりません。新時代の幕開けですか」
解説を務めた藤森哲也五段(34)は、藤井竜王が41手目に放った【8六歩】に驚愕した。さらには「教え子なら、やめておこうねと指導される手」とまでダメ押ししたのだ。しかし、この一撃を受けた渡辺明王将(37)はその後、計91分もの長考に陥ってしまう。いったい何が起きたのか。屋敷伸之九段(50)が解説する。
「常識的には見たことのない、プロの棋士でもビックリする一手でした。AIを駆使する藤井世代なら驚かないのかもしれませんが、我々世代ではとても発想が及びません。少なくとも、実戦ではなかなか現れない珍しい手でした」
本局の立会人を務めた森内俊之九段(51)も、会場そばの大日本報徳社で行われた大盤解説会で、
「10年前の感覚ではまずありえない手。藤井さんだから何も言われないが、初心者が指したら『なんだこの手は!』と怒られる」
と、驚きを隠さなかった。深浦康市九段(49)はこう解析する。
「確かに一昔前ですと、悪手の類でした。【8六歩】と突くと、【7七銀】が動けなくなる。【8八銀】などと動かした場合にただで歩を取られてしまう可能性が出てきます。一言で言えば、隙が多そうな形を藤井竜王が選んだところに違和感があるわけです。ですので、渡辺王将は面食らったのでしょう」
完敗の引き金とも言える奇襲に対し、渡辺王将は対戦後、
「構想が‥‥うーん。ちょっと考え出したらキリがなくなってしまった」
と、意表を突かれた状況であったことを明かしている。将棋ライターの松本博文氏が解説する。
「AIソフトを将棋研究に導入している若い棋士の間では、この手が悪手ではないことが知られています。最近でも、斎藤慎太郎八段(28)が永瀬拓矢王座(29)に対して類似した手を打っています。藤井さんは事前の研究でこの手があると把握し、大舞台で用いることになった。将棋界の常識ではありえない手だと思われていたので、旧来の価値観を持つ人をこれほど仰天させたわけです」
対局2日目、互角のまま8時間の持ち時間を削り、最後は双方ともに1分将棋の死闘へと突入する。
「終盤は互いの玉が接近し、両者が王手をかけ合う、難解な攻防になりました。1分将棋に突入してからも両者が拮抗した互角の戦いでしたが、最後はわずかの差で藤井竜王が競り勝ちました」(屋敷九段)
このわずかな勝負の差はどうして生じたのか。
「1分将棋は、マラソンで言えば最後のトラック勝負のようなもの。普段から渡辺王将は何百メートルも差をつけて勝つことを得意としている。本局で【8六歩】がよかったか悪かったかはわからないが、渡辺王将の持ち時間と神経を遣わせたことで、藤井竜王がアドバンテージを握ったのです」(松本氏)
初日の〝猫だまし奇襲〟が藤井のラストスパートをもたらしたと言えよう。
*渡辺明はなぜ藤井聡太に勝てないのか!?【2】につづく