昨年上半期の渡辺三冠は王将、棋王、名人のタイトルを見事に防衛。続いて6月からは藤井二冠(当時)との棋聖戦リターンマッチに臨んだが、まさかの0勝3敗で返り討ちに。自身初のタイトル戦ストレート負けという屈辱にまみれている。
それでも渡辺三冠は棋聖戦後に、AIソフトを導入した高額パソコンを購入し、巻き返しを図っていた。
「実は渡辺さんから『新しいコンピューターを買いたい』と相談を受けたので、『せっかくだから、いちばんいいのを買えばいいのでは』とアドバイスしました。その後、専門家の提案を受けて、130万円のパソコンを購入したようです。新しいディープラーニング系のソフトを導入した最新機のようですが、そのソフトの効果が出たかどうかはまだわかりません」(松本氏)
とはいえ、打倒・藤井のためなら130万円など安い買い物であることに違いはないだろう。
7月以降の下半期は自身のタイトル戦がなく、対局数が減った渡辺三冠は、この高額AIソフトで藤井対策に研鑽を積んだという。王将戦でその成果やいかに。前出・深浦九段の見立てはこうだ。
「どうでしょう。確かに渡辺さんは、従来の藤井さんが指す手の傾向を研究することができたと思います。ただし、藤井さんの成長速度は四冠制覇後も加速しています。渡辺さんが研究している範囲を指してくれればいいですが、実際、第1局で藤井さんは【4六銀】の『早繰り銀』という、従来の相掛かりでは珍しい指し方を試されています。ですので、渡辺さんの事前研究が発揮できない展開になってしまった気がします」
やはりAIソフトを駆使した将棋研究では、藤井竜王に一日の長ありか。
「先の【8六歩】ですが、もしも昼食後に指していれば、渡辺王将はさらに持ち時間を削られていた可能性があります。ところが、藤井竜王はそんな戦略などにはまるで無頓着のように、お昼休憩の6分前に指したのです」(松本氏)
1時間のお昼休憩の後、渡辺王将はさらに85分間も長考を続けたのだ。
「渡辺さんはお昼休憩前で助かりましたね。その分、昼食がおいしく感じられなかったかもしれませんが‥‥。しかし、【8六歩】はそれほど思い切った手というわけではなく、若手棋士の間では浸透してきている手にすぎません。もちろん、私が打たれたら『これはどういう意味なのだろう』と悩むと思いますが。好奇心の強い藤井さんとしては意図的ではなく、こういう局面になったので指してみようと自然に指されたのだと思います。まだ伸び盛りで、いろいろな形を試して、自分の武器を増やしたいのではないでしょうか」(深浦九段)
史上初の10代5冠を狙う異才、恐るべし。
*渡辺明はなぜ藤井聡太に勝てないのか!?【3】につづく