歴戦の棋士をもザワつかせる「藤井奇手」の数々をページ下部に一覧にした。
まずは、21年の松尾歩八段(41)との竜王戦ランキング戦だ。お互いの飛車が向かい合い、誰もが飛車取り一択と思う局面で、藤井二冠(当時)の手が止まった。59分の長考の末、「4一銀」と敵陣ど真ん中に打ち込んだのだ。
「銀を捨て駒にして、寄せていく。相手の応手によって寄せ手順を組み立てていく、肉を切らせて骨を断つ一手です」(屋敷九段)
この対局は20年度の最も優れた対局に贈られる将棋大賞・名局賞特別賞を受賞している。
さらにド派手だったのが、石田直裕五段(33)との18年の竜王戦ランキング戦で、飛車をタダで差し出した「7七同飛成」である。
「終盤の一手争いの中で出た強烈な一手で、自分の飛車を捨て駒にしても、最後は寄せ切って勝てる、という組み立てが素晴らしかった。こうした手を発想することができるのは、詰将棋解答選手権5連覇という下地があるからではないでしょうか」(屋敷九段)
同様に19年の竜王戦ランキング戦で見せた「6二銀」など、大事な攻め駒を捨て駒にした大技だが、もちろん藤井竜王の真骨頂はそれだけではない。渡辺棋聖との初タイトル戦となった20年の棋聖戦第2局の「3一銀」は、AIが6億手を読み込んだ際の最善手とされ、それをわずか23分で指したことで「AI超え」と世を騒然とさせたのだ。
「この対局では立会人を務めましたが、控え室で検討していたベテラン棋士たちがザワつきました。『3一銀』は持ち駒の銀をただ守りに使っただけのように見えて、実は渡辺棋聖の攻めを完全に止めてしまった。藤井竜王は『7七同飛成』のような派手な右ストレートパンチを持っているが、実は『3一銀』のような地味なボディブローでポイントを重ねる将棋が圧倒的に多いのです」(屋敷九段)
地味なボディへの左フック連打で相手を串刺し、勝機とみれば一転、大胆に踏み込んで強烈右ストレートできっちり仕留めるのが藤井流ナリ。
〈藤井聡太竜王 想定外の奇手BEST7〉
【7七同飛成】対戦相手:石田直裕五段/竜王戦ランキング戦(2018年)先手「7七歩打」に対し、劣勢の藤井が即応した棋史に残る絶妙手。飛車をタダで渡しても詰まないという深読みで、この後、大逆転。この年度の升田幸三賞を受賞
【4一銀】対戦相手:松尾歩八段/竜王戦ランキング戦(2021年) 誰もが「8四飛」の飛車取り一択と思う場面で、59分の長考の末、敵陣真ん中に銀を放り込む。実はAIも最善手とした「神の手」で、解説者は「人類には指せない」
【3一銀】対戦相手:渡辺明棋聖/棋聖戦第2局(2020年)将棋ソフトが4億手読んだ段階では5番手候補にも現れなかったが、6億手を読み込んでようやく最善手に浮上した奇手。まさに「AI超え」の瞬間だった
【9七桂】対戦相手:豊島将之竜王/叡王戦第5局(2021年)2勝2敗のタイで迎えた叡王戦最終局、最終盤の1分将棋で放たれた藤井の絶妙手。端に跳ねる桂馬の活躍によって史上最年少3冠を奪取した
【8六歩】対戦相手:渡辺明王将/王将戦第1局(2022年)初日昼休憩直前から渡辺王将を91分長考させた幻惑の一手。立会人の森内俊之九段も「何が起きたかわからない衝撃」と感嘆するほどだった
【6二銀】対戦相手:中田宏樹八段/竜王戦ランキング戦(2019年)終盤の絶体絶命の大ピンチ、持ち時間残り2分に追い詰められた藤井が1分を使い、相手の龍の目の前に銀を差し出しながらも、奇跡の詰みで見事な逆転勝利
【8七同飛成】対戦相手:木村一基王位/王位戦第4局(2020年)二冠を決定づけた一手。飛車を切って銀と刺し違えるこの封じ手は、九州豪雨被災地支援オークションに出品されて1500万円で落札された
(対戦相手の肩書きは対戦当時のもの)
*藤井聡太竜王「衝撃の宇宙奇手」ベスト7局【3】につづく