羽生九段が七冠最後のタイトルである王将戦を勝ったのは96年2月。成績ベースでは95年度になる。この1年の羽生九段の成績は46勝9敗で、勝率は8割3分6厘。対する藤井五冠の今年度成績は非公式戦を含め61勝14敗、勝率8割1分3厘だ。単年で比較すると、羽生九段がやや優勢に見えるのだが‥‥。
羽生九段と同い年で、いわゆる「羽生世代」の棋士のひとり、先崎学九段は当時の羽生九段をこう語る。
「もちろん強かったですけれど、当時はその強さにもムラがあったと思いますね。羽生さんは正確無比な差し手というより、けれん味たっぷりで粗削りな、見ていて時にはハラハラするような将棋を指していました」
実はデータを見ても、羽生九段が最も脂がのっていたと思われる90年代において、勝率8割を超えていたのは当の95年度だけ。全盛期といえど、少なからず取りこぼしがあったのは事実のようだ。
「それは森内俊之九段や佐藤康光九段、郷田真隆九段ら強力なライバルの存在が大きいと思います。逆に、彼らを相手に勝率8割超をマークした95年度当時の羽生九段が神がかっていたと言えるかもしれません」(ベテラン観戦記者)
これに先崎九段も続く。
「当時と今の将棋の質の違いもあります。今は序盤から組手がはっきりしているというか、『相手がこう来たらこう』というパターンが数多く研究されている時代。昔はもっとその場その場で対応力が試される『出たとこ勝負』の将棋が主流でしたから」
■“ゴール前の1ハロン”で無類の強さを発揮
そんな時代に勝利を重ね続けた羽生九段の棋風を、タイトル戦など大舞台で何度もしのぎを削った深浦康市九段は次のように評する。
「羽生さんは将棋のオールラウンドプレーヤーです。例えば基本戦術の居飛車、振り飛車の2つを見ても、現在のトップ棋士は10人いたら9人が居飛車。藤井さんも飛車を振っているのを見たことがない。ですが、羽生さんは時には迷いなく振り飛車を選択しますし、その後の戦術の精度も高いんです。決まった戦型はなく、どんな戦法を持ってこられるかわからない。そうすると、対戦相手としては研究するにもものすごく時間がかかってしまう」
どこからでも妙手を打つことができるからこそ、混沌を極める局面で最善手を指すことができるし、逆に不利な状況からでも相手の読みを惑わせるような一手を放つことができる。それこそが七冠達成を後押しした「羽生マジック」の本質なのだ。
「煮詰まった最終盤、どちらに勝ちが転がり込むかわからないような乱戦で勝利をもぎ取ることに古今東西で最も長けた棋士であるのは間違いありません。競馬に例えるなら、ゴール前1ハロンでの併せ馬で無類の強さを発揮するのが羽生さんなんです」(先崎九段)
*藤井聡太五冠VS全盛期の羽生善治七冠「最強はどっちだ」【2】につづく