そのヒントとなるのが竜王戦第2局。わずか70手で投了に追い込まれた豊島竜王は、
「やってみたい手ではあったのですが、結果的にまずい将棋になったので、ちょっと準備不足でした」
と、対局を振り返った。
第2局中盤、豊島竜王は1時間51分の長考の末、33手目で9五歩と端を突く攻めに出た。ところが藤井三冠はこれを受けず、反対に7五歩と攻め込んだのだ。この34手目こそ屋敷九段をも唸らせた、数十手先まで考え抜かれた〝神手〟だった。
「ほとんどの棋士が『ああいう対応があるのか!』とひっくり返る常識外の一手でした。これに対し、豊島竜王は8六飛車と回れば簡単に龍を作ることができました。普通に考えれば、相掛かりで龍を作ることができれば、必勝パターンになるからです。しかし実際に先を読み進めると、豊島竜王の模様が悪くなる、まさに常識を超えたところで藤井三冠の読みの感覚が勝った会心の一手でした」
肉を切らせて骨を断つ、捨て身の作戦を仕掛けられた豊島竜王は、35手目に9四歩と端突きを進めたことで、一気に形勢を悪化させてしまったのだ。
「普通なら切り捨てるような常識外の一手。しかも勉強されていたのか、その場で対応されたのか、藤井三冠はかなり短い考慮時間で指されていたので、豊島竜王もかなり驚かれたのではないでしょうか。龍を作らせても勝てると判断した藤井三冠の読みがすばらしく、そのあたりで豊島竜王の組み立てが誤算となり、最後にはかなりキツイやられ方で追い詰められてしまった」(屋敷九段)
30手先まで読み切る卓越した構想力で、気が付いた時にはすでに手遅れ。戦意を喪失させる、この見えない〝地雷作戦〟こそ、藤井三冠の、対豊島の真骨頂なのだ。
深浦九段もライバルの競り合いをこう見る。
「豊島竜王は序盤からビシビシ積極的に攻めるのが持ち味です。以前までの藤井三冠は、これに押されっぱなしだった。この竜王戦でも豊島竜王は前例のない形で攻め込んだものの、藤井三冠の対応が見事すぎて、よさが出づらくなった気がします」
力でねじ伏せるというよりは、むしろ相手を「無力化」させて追い込む。
10月31日の第3局も中盤までは激戦だったが、終盤、藤井三冠が繰り出した急転直下の光速の寄せで、93手目にして終局となった。
豊島竜王は、まさに見えない地雷を踏んだかのように敗戦の弁を残すのみだった。
*「週刊アサヒ芸能」11月18日号より。(3)につづく