江上剛「今週のイチ推し!」組織より個人主体の社会を 企業の不祥事回避の提案!

 自民党安倍派の裏金問題、兵庫県知事の内部告発抑圧疑惑など不祥事が発生している。日本社会は、なぜこんなことになってしまったのか。

 著者は、不祥事を「絶対君主型」「官僚制型」「伝統墨守型」の3形態の共同体に分類する。これらに共通するのは、内部への厳格な命令と服従の関係が存在することだ。ここに不祥事を引き起こす構造的要因がある、と著者は言う。

 これらの「共同体組織」は、かつては日本企業の強みだった。同じ釜の飯を食った仲間で、暗黙の了解で意思疎通し、日本を高度成長に導いたのである。著者は、この当時の「共同体」には、仲間と支え合う「受容」と、自らが主体的に動く「自治」の要素があったため、今と比べられないほど自由闊達だったという。社会が成長し、人々はパイを分かち合うことがあっても奪い合うことがなかったからである。

 ところが、低成長になり、パイが小さくなると、その奪い合いが始まり、人びとは「受容」と「自治」の余裕がなくなってしまった。その結果、組織の中で生き残るには「何もしないほうが得」、不祥事を「みて見ぬ振り」をする「消極的利己主義」が定着してしまったのである。

「消極的利己主義」が定着すると、共同体は「もの言わぬ集団」と化すリスクにさらされる。著者は、「一流」といわれる組織が、このリスクに直面するという。理由は「一流」組織は待遇やブランドバリューなどの面で居心地がいいからである。ありていに言えば「一流」組織から出たくない。そのために不祥事に対し口を閉ざすようになるのだ。

 現在、こうした「一流」組織の崩壊が続くのは「SNS」の発達が大きい、と著者は指摘する。従来の「一流」組織は、不特定多数の人びとの批判から守られていた。ところが「SNS」の発達で、容赦ない批判にさらされることになり、「SNS」の正義の告発に耐えられなくなってしまったのである。

 ではどうすればいいのか。著者は「閉鎖性」「同質性」「個人の未分化」を改革すればいいと説く。例えば、通年採用で金太郎飴的人材を育てるのではなく、中途採用の積極化などだ。今や、そうした試みは多くの組織で取り入れられている。著者は、根本的に共同体を破壊的改革しなければならないという。そのため、組織を個人が主体となる「インフラ型」に変えることを提案する。

 著者の提案は、がちがちの組織の中で個人が息をひそめて暮らすのではなく、もっと自立して、ネットワーク的に集まり、「縁」を結ぶことになれば不祥事が起きない、自由闊達な社会になるというのだろう。著者の提案を、問題を抱える組織は検討するべきだ。

《「日本型組織のドミノ崩壊はなぜ始まったか」太田肇・著/1012円(集英社新書)》

江上剛(えがみ・ごう)54年、兵庫県生まれ。早稲田大学卒。旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)を経て02年に「非情銀行」でデビュー。10年、日本振興銀行の経営破綻に際して代表執行役社長として混乱の収拾にあたる。「翼、ふたたび」など著書多数。

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