1月7日、カナダのトルドー首相が退陣を表明した。私はこのことを予想していた。というのは本書を読んでいたからだ。
この本は、トランプが、1期目のアメリカ大統領だった17年から21年までのホワイトハウスの「カオス」の状況が、まるでリアリティショーを見ているかのように書かれている。
その中にカナダでのG7サミットのやり取りがある。トルドー首相は、記者会見でトランプの関税政策を批判。これにトランプが激怒したという。以来、トルドー首相は「好ましからざる人物」となった。
トランプは首脳であろうが、スタッフであろうが、絶対忠誠を誓う人間以外は全て「ファイアー(馘(クビ))」とする。1期目では、マイク・ペンス、スティーヴ・バノンなど、並みいる政治家や経営者達がトランプを「調教」できると思い政権に参加した。しかし、ことごとく討ち死にしてしまった。2期目のトランプ政権では、忠誠心一本鎗でスタッフが決められているという。
その中で安倍元総理だけはトランプの心をとらえていた。著者は「安倍ほど巧みにトランプを『調教』できる首脳は見当たらない」と評価している。安倍元総理は、トランプの懐に飛び込んだ唯一の政治家なのである。彼はトランプに媚びたのではない。率直に意見を言い、国益を主張したのである。
本書によると、共和党はトランプの私企業化しているという。上下院とも共和党で、トランプのやりたい放題だ。最高裁も同様だ。政治家、経営者たちもトランプになびけば、アメリカそのものがトランプ企業となり、コントロール不可能になってしまうだろう。
著者は本書で次のように書いている。「トランプは一度失った大統領職を実際に取り戻すかもしれないのだ。二期目には、一期目にトランプを抑制していた多くの縛りはなくなるだろう。(中略)政敵には復讐を図るだろう。法廷、司法省、そして軍を政治化するだろう」。実際、著者が予想した通り、トランプは大統領に返り咲いた。
本書を読むと、次の4年間でトランプが、ロシアとウクライナの戦争、イスラエルとパレスチナとの戦争、パンデミック対策、貿易問題などに、どのように対処しようとしているかが見えて来る。最も恐ろしいのは、著者が、トランプをナポレオンになぞらえていることだ。ナポレオンは、一度は、失脚したが皇帝として返り咲いた。トランプも、ナポレオンのように4年の任期満了後は、アメリカ初の皇帝になろうとしているのではないか。これはあながち冗談ではない。
本書を石破総理が、もしお読みになっていなければ、ぜひお読みになることをおすすめする。異次元大統領に対処するためには必読である。
《「ぶち壊し屋 トランプがいたホワイトハウス 2017-2021 上下」ピーター・ベイカー、スーザン・グラッサー・著 伊藤真・訳/各3960円(白水社)》
江上剛(えがみ・ごう)54年、兵庫県生まれ。早稲田大学卒。旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)を経て02年に「非情銀行」でデビュー。10年、日本振興銀行の経営破綻に際して代表執行役社長として混乱の収拾にあたる。「翼、ふたたび」など著書多数。