29歳で中国・天津へと渡った僕は日本と中国の往復をする日々が続いておりました。親しかった通訳のS君の頼みを受け、日本の僕の会社に雇い入れる事も決まり、さあこれから彼にどんな仕事をしてもらおうかなと考えていた矢先、さすが超積極的で自己アピール度満点なS君が「私、仏像を作ります」と言い出したんです。
仏像といってもお寺にあるような大きいやつじゃないですよ。仏壇の中に安置されているご本尊です。宗派によって異なりますが、仏壇の中には釈迦如来とか大日如来とかが祀られているんです。
その仏像にもランクがありまして、檜で作られたものがいちばん安くて1万5000円ぐらい。次に拓殖が40万円ほど。高いのが白檀でした。白檀の仏像ってだいたい2寸か3寸で100~150万円はしましたからね。どんなに安くたって80万円はしていました。
するとS君は、自信満々にこう言いました。
「中国・温州には腕のいい彫師がいっぱいいて、白檀もミャンマーから安値で入ってきます。檜も白檀もだいたい10分の1の値段で作れます。檜は利幅が少ないので白檀と拓殖でサンプルを作ります」
まずは釈迦如来と大日如来を40個ぐらい、大きさを変えて作らせました。
出来上がった仏像を箱に入れたら、いざ出陣です。僕はS君を連れて浅草の仏具店に営業をかけました。
テーブルの上に仏像を並べると、お店の方は皆、「ほぉ~っ。これはこれは、どれも素晴らしいお顔ですねぇ」と、感嘆の声。「おいくらですか?」と、ここからは値段交渉です。店頭では100万円で販売していますから、うちでは原価10万円として30万円で卸すことにしました。
しかもね、仏具店さんというのは仏像を1つ買うだけじゃないんです。だいたい5つぐらいはお買い求めになられます。つまり、30万円×5つで150万円ですよ。こりゃあいい商売だと僕、胸の内で小躍りしました。ただ、当然ながら店側も「少しお安くできませんか?」と言ってきます。僕は即答で「いいですよ」と答えました。だって、本当なら5個でも50万円もかかっていないし、もちろん150万円で買ってくれれば嬉しいけど、120でも100万円でもいいわけです。ところが「ダメです! 安くなんてできません!」と、S君がすごい剣幕で会話に入ってきました。さらに追い打ちをかけるように「あなたはバカですよ、馬鹿野郎!」と言い放ったんです。
「これだけ良い品を30万円で買えるというのに、あなた方は店頭で100万円以上の値段をつけるのでしょ!? 私たちの気持ちを踏みにじる気ですか? もうこんな店には売れません、石田さん、帰りましょう!」
“ああ、せっかく商談がまとまりそうだったのに、もったいないなぁ”と僕はアワアワしながら次の仏具店へ。今度もまた同じ展開で、僕たちは帰り際に塩を撒かれました。結局、S君と行くと喧嘩になっちゃうからひとりで仏具店に行くことに。
すると、まあこれが売れるわけです。だいたい1年間の売り上げが1億ぐらいになりました。
そして最終的にどうなったかというと、ある日、S君から「石田さん、私はもっともっとこの仏像作りに力を入れますので、もうひとり中国からスタッフとして呼んでもらえませんか?」と懇願されて、雇い入れたんです。その当時は会社に仏像の部屋があって、常時800体ぐらいストックがあったかな。S君のお給料だって100万円ぐらいになっていました。
ところが、ある週明けの月曜日に会社に行ったら、女性従業員が血相を変えて「社長、仏像が無くなってますよ!」って言うの。見たら、ホントに何にもない。びっくりしてS君のアパートを訪ねたら、彼、物凄く冷静な顔で「石田さん、仏像は違う場所に移動させました。僕、今度入った中国人とふたりで新しく事務所を作りますから。今までありがとうございました」だって。
度肝を抜かれるって、こういうことを言うんですね。でもね、仕方がないんです。なぜならS君は物凄く真面目に仕事に取り組んでいましたから。就業時間が終わった6時以降に、コツコツと仏像の修理をしている後ろ姿を何度も見ました。「そんなのいっぱい売れるんだから捨てちゃえばいいじゃない」と言ったボクに対して、「いいえ、石田さん。これは仏像だから神様なんですよ。勿体ないことはできません」。確かに細かい作業を面倒くさがって捨ててしまえば利益も少なくなります。
いま思えば、仕事に正面から向き合い、情熱に溢れた男でしたね。
石田重廣(いしだ・しげひろ)株式会社夢グループ、株式会社ユーコー代表取締役社長。1958年7月1日生まれ、福島県出身。自ら出演する「夢グループ」のテレビショッピングで大人気。昨年、保科有里とのデュエット曲「夢と…未来へ」で歌手デビュー。今年8月30日に第2弾シングル「やすくして♡」を発売、ネット上でも話題に。