─では、年内に停戦するのは難しいでしょうか?
ええ、少なくとも10年程度は覚悟した方がいいでしょう。なぜならば、ロシアとウクライナの目標が違うからです。つまり、ウクライナはロシアによって占領された東部4州を全部取り戻して昨年2月の段階に押し戻す。最終的には14年に奪われたクリミア半島まで全部を取り戻して初めてウクライナは勝利、負けなかったと言えるわけです。つまり、今戦争を止めればウクライナの負けとなりゼレンスキーの政治生命は絶たれることになる。ウクライナ国民の80%以上が「クリミア半島まで全部取り戻す」という政府の方針に賛成しています。ですからロシアを徹底的に追い出すまで戦争は続くことになるわけです。
─ゼレンスキーの支持率はそれほど高いのですね。
極めて高いですよ。当初の支持率は10%程度でしたがロシアが攻めてきて国民と一緒になって闘うという姿を見せています。当然支持率は跳ね上がるわけですよ。これに対しプーチンは、一方的に東部4州をロシアに編入したわけですが、いまだにすべてを掌握したわけではありません。その最大の目標を確実にしない限りロシアも戦争を終えることができないんです。
─ロシア国内にプーチンさえいなければ戦争は終わると思っている人もいるのではないでしょうか?
いませんね。むしろ、プーチンのやり方では生ぬるい、もっと徹底的にやるべきだという強硬派がいるほどです。プーチン政権を支えているのは、ひたすら忠誠を誓うプーチンのイエスマンだけ。逆らえば刑務所か命を絶たれるか、どちらかしか選択肢がありませんので誰も逆らえないのです。すでに、来年3月に行われるロシア大統領選挙に向けてプーチンが準備を始めたと、ロシア国内で報道されています。
─この戦争を欧米はどう見ているのでしょう?
今アメリカとイギリスがウクライナを支援することで、ロシアの力がどんどん弱まっています。これはウクライナを舞台に米英とロシアの代理戦争が行われているということなんです。戦争が長引くほどロシア軍は兵隊も戦車も失い他国を侵略する力を失っていくわけです。実は米英からすれば、今の状態が一番いい。そのために大量の兵器を送り、兵器産業も大儲けになるわけです。
─心配なのはロシアの核攻撃です。
たびたび核兵器の使用をチラつかせていますが、あれはロシアが怯えているからなんです。ロシアとしてはNATO(北大西洋条約機構)が攻めてきたら大変です。もしNATOがロシアに攻めてきたら核兵器を使うぞ、という脅しで、決してウクライナに使うという意味ではない。一方でNATOは、ウクライナに兵器を与えているけれど、それでロシア国内を攻撃するなよと釘を刺している。ウクライナが求めている戦車などを提供すればウクライナが一挙にロシア領内まで進行しかねない勢いなので、そんな強力な兵器を与えることを当初は渋っていたわけです。つまりこの戦争は極めて管理された戦争だと言えるのです。
─それではウクライナで代理戦争が行われてる間は、核は使われない?
はい、そうはなりません。
池上彰(いけがみ・あきら)1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、1973年にNHK入局。報道局社会部でさまざまな事件を担当。94年より11年間、「週刊こどもニュース」のお父さん役として活躍。2005年にNHKを退社、フリージャーナリストとして多方面で活躍。現在は名城大学教授、東京工業大学特命教授、東京大学客員教授など11の大学で教える。「伝える力」シリーズ(PHP新書)、「おとなの教養」(NHK出版新書)、「私たちはどう働くべきか」(徳間書店)など著書多数。近著に「そこが知りたい!ロシア・ウクライナ危機 プーチンは世界と日露関係をどう変えたのか」(徳間書店)