─気になるのは台湾有事がいつ起きるかです。
確かに中国が台湾に攻めてきたら大変です。でも、ちょっと冷静に考えてください。もし中国が台湾にミサイルを撃ち込んだら、台湾の人たちが大勢死ぬわけです。中国が台湾を編入した後、その人たちが素直についてくるでしょうか。中国はここまで豊かな国になったのに、そんなに多くの犠牲を払うことはできないはずです。
─しかし昨年8月、米国のペロシ下院議長が台湾を電撃訪問した際には、中国は台湾に向けてミサイルを発射しましたが。
あれは、あくまで軍事演習です。ミサイルを撃つことで、どこの国の飛行機や貨物船も台湾に入れなくなる。中国はいつでも台湾を経済封鎖できるんだ、ということをまざまざと見せつけたわけです。
─ミサイルは日本にも飛んで来ました。
はい、排他的経済水域(EEZ)のことですね。実は、日本と中国の間では、どこまでがEEZなのかは確定してないんですよ。だから日本側がEEZに落ちたと主張しても、中国にしてみれば確定してないじゃないかという話になる。このミサイルが日本への攻撃だ、と考えるのは間違いなんです。
─それでも、中国は台湾と「1つの国」を主張しています。
あくまで自分の国だと言ってるわけです。「平和的統一を目指すが、軍事力という選択肢を放棄しない」という言い方です。
私が思うのは「孫子の兵法」です。昨年、台湾の統一地方選で中国寄りの国民党が勝ちました。これは、中国が戦闘機や爆撃機を近くまで飛ばすなどして、台湾をひたすら脅かしていることが影響しています。他にも、中国は台湾の人を装ったSNSのアカウントを作り、ライバル民進党の悪口を流布していると言われています。実際、国民党政権の時には、中国から多くの観光客がやってきましたが、民進党になったらピタッと来なくなった。そうすると、どうですか、台湾の人たちは「民進党だからこんなことになる、国民党なら中国とうまくやっていける」となるかもしれない。来年の総統選で親中国の国民党に勝たせ、将来的に台湾を平和的に中国のものにするという戦略なんです。これぞ、戦わずして勝つ「孫子の兵法」です。台湾の世論を大きく変えようというのが中国の戦略です。
─とすると、台湾有事はないのでしょうか?
もちろんまったくない、とは言い切ることはできないですが、中国は「台湾有事」だと脅すことによって、平和裏に台湾を獲得しようとしているわけです。それに、習近平はウクライナ戦争でプーチンが国際的な非難を浴びていることをしっかり学んでいます。うっかり踏み込んだら、大変なことになるとわかっているのです。
─今後、日本との関係はどうなりますか?
日本は中国の発展にとってなくてはならない存在です。経済的なつながりはこれからも続くでしょう。
池上彰(いけがみ・あきら)1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、1973年にNHK入局。報道局社会部でさまざまな事件を担当。94年より11年間、「週刊こどもニュース」のお父さん役として活躍。2005年にNHKを退社、フリージャーナリストとして多方面で活躍。現在は名城大学教授、東京工業大学特命教授、東京大学客員教授など11の大学で教える。「伝える力」シリーズ(PHP新書)、「おとなの教養」(NHK出版新書)、「私たちはどう働くべきか」(徳間書店)など著書多数。近著に「そこが知りたい!ロシア・ウクライナ危機 プーチンは世界と日露関係をどう変えたのか」(徳間書店)
*週刊アサヒ芸能2月2日号掲載