ゼレンスキー大統領「弱者の兵法」5カ条(1)世界から10兆円をかき集めた

 柔よく剛を制す、とはよくぞ言ったもの。占領下から奪還した南部の州都へルソンからロシア軍が命からがら遁走。9月の東部ハルキウに続き、ウクライナ軍が反転攻勢を強める一方なのだ。今や「張子の虎」と化したプーチン侵略軍を叩きのめすゼレンスキー流「弱者の兵法」を識者たちと徹底解剖する。

 南部の要衝へルソンの8カ月ぶりの〝祖国復帰〟にウクライナ国民が歓喜に沸いている。民放テレビ局外信部記者が解説する。

「11月9日、ロシア・ショイグ国防相が『極めて難しい決定だ』とへルソンからの撤退を指示しました。そのわずか5日後、ゼレンスキー大統領(44)は間を置かずに現地入りし、兵士を前に『これは戦争の終わりの始まりだ』などと激励した。9月末にロシアが一方的にこのヘルソンを含む4州の併合を宣言していただけに、その後もお祭り騒ぎは続き、名産のスイカの絵柄の記念切手を発売するなど祝賀ムード一色となっています」

 撤退したロシア兵の一部は武器や軍服を捨て去り、ドニエプル川を裸で泳いで親ロシア派地域に渡ったというから、まさにプーチン大統領(70)の顔に泥を塗る屈辱的な敗走と言えるだろう。

 そんな大国ロシアに真っ向勝負で対峙するゼレンスキー大統領の人気がうなぎ登りとなっている。軍事評論家の井上和彦氏も手放しの評価をする。

「発信力の強さ、これが最大の特徴です。実は、開戦前の支持率は20%程度。19年に元俳優という肩書で、鳴り物入りで大統領になりましたが、ウクライナ国民からの評価は高くなかった。ところが戦争が起こり大混乱となった時に、『我々は断固として戦う』という強いメッセージを打ち出す姿は見事でした。まるでバラバラな楽器をまとめ上げた名指揮者のようです」

 2月24日の侵攻直後からゼレンスキー大統領の舌鋒は鋭かった。

「我々は、自由のために戦い続ける」

「ミサイルも我々の自由への戦いには無力だ」

「私たちはここにいる」

 戦火迫るキーウから逃げ出すことなく動画で配信したスピーチは、ウクライナ国民ならずとも魂を揺さぶられるものだった。

 開戦当初から核攻撃をチラつかせて恫喝するなど、国際世論から顰蹙を買ったプーチン大統領とは大違いだと、国際ジャーナリストの山田敏弘氏は分析する。

「何より国際世論を味方につける力がある。へルソン入り後もロシア軍による戦争犯罪が400件あるなどと訴えている。『特別軍事作戦』と謳い、侵略戦争を行うこと自体がそもそも国際法上では違法になるが、実際にブチャなどでの虐殺行為を告発することで西側諸国からの支援を引き出すことにつながっている」

 ドイツの調査機関「キール世界経済研究所」によれば、侵攻が始まる1カ月前から8月3日までに世界各国が行ったウクライナへの支援は、軍事・財政・人道支援の総額で約11兆円。そのうち5割超もの突出した支援を行うアメリカは、10月に約1080億円相当の軍事的な追加支援を決定している。

 ロシアが頼みとする中国・インドも停戦交渉を促しているが、

「さすがに国際社会で批判を浴びている悪者に肩入れするのは無理があります」(井上氏)

 世界を味方につけたゼレンスキー大統領といえば、毎回、Tシャツ姿で熱弁を振るう姿が印象的だ。

「ゼレンスキーは戦闘服と同じカーキ色、無精ひげで国民と共に戦う姿を見せている。発言内容でも戦い続ける姿勢がブレていない。イギリスのチャーチル首相を参考にしているのではないか」(井上氏)

 実際、今年3月、イギリス議会で行ったビデオスピーチでは、第二次世界大戦時のチャーチル首相の言葉を引用し、世界へ向けて力強くアピールしている。

「我々は決して降伏しない。決して負けない。どんな犠牲を払っても国を守るために海で空で森で街頭で戦い続ける」

 こうした国民を鼓舞する文言こそが、真のリーダーシップの証しと言えるだろう。

*週刊アサヒ芸能12月1日号掲載

ライフ