ロシアによるウクライナ侵攻を受け、西欧各国によるロシア人外交官らの国外追放措置が始まったのは、今年4月のこと。ところが、そんなロシアのスパイたちが今、永世中立国であるスイスに集結しているというのだ。
「これは、スイス連邦情報庁(FIS)が6月27日、安全保障に関する情勢報告書で明らかにしたことですが、近年、スイス国内では各国スパイによる活動が急増しており、特に多くなっているのがロシアのスパイなのだとか。彼らはジュネーブを拠点に同市のロシア外交関連施設などで情報機関員として勤務しているとされ、その数は数十人。FISでは、彼らの多くが、対ロ制裁で近隣の欧州各国から追放されたスパイである可能性が高いと指摘しています」(欧州情勢に詳しいジャーナリスト)
たしかに、スイスは永世中立国という立場から、対ロ制裁では国内銀行のロシア関連資産の凍結は行ったものの、外交官を追放するまでには至っていない。つまり、ロシアのスパイたちにとって、スイスは「理想的な活動環境」にあるというわけで、FISも報告書の中で「ロシアは現在、スイスのように外交官を追放しない国に対し、当局が情報機関員を配置し始めている可能性が高い」と分析している。
「スイスがスパイ天国だというのは、今に始まったことではなく、第二次世界大戦中にはナチスと連合国、冷戦中には東側諸国のスパイが首都ベルンで活動していたことはよく知られる話です。というのも、小国であるスイスが現在の外交会談の場という地位を確立するために、それこそ長い年月をかけ外国からの訪問者を温かく受け入れてきた、という背景がある。そのため、自国と国内企業を狙う諜報機関に関しては目を光らせていますが、各国のスパイ活動防止を最優先事項には置いていないのです。なので、出入国が非常に容易で監視の目も緩い。それが各国の諜報員に重宝がられる最大の理由です」(同)
ただ、2012年には連邦情報庁の機関職員が、極めて機密性の高い情報を盗み、高額で売ろうとして逮捕されたり、2016年には匿名でメディア取材に答えた同機関のサイバー局長名がグーグル検索で簡単に特定されてしまったりと、連邦情報機関のリスクマネジメントが問題視され、2017年には新情報機関法が施行された。
「この新法により個人宅への盗聴器の設置、また電話の盗聴やコンピューターのハッキングも可能になり、情報機関として取りうる監視活動の幅は増えたのですが、一方でその活動は完全非公開で透明性がなく非民主的だと批判されたり、また連邦情報機関に大きな権限が与えられることを危惧する声もある。このように運用面では問題を残しており、まだしばらくは外国スパイにとってスイスは居心地のいい環境であり続けることになるでしょう」(同)
これ以上“スパイ天国”とならぬよう、FISは対策をとる必要性を訴えているが、後の祭りにならないことを願いたい。
(灯倫太郎)