10月18日、デアリングタクトが史上初となる無敗での牝馬クラシック三冠を達成すると、翌週にもコントレイルが父ディープインパクト以来となる無敗の三冠馬に輝いた。ファンが歓喜したこの歴史的快挙に涙を飲んだのがノーザンファームである。クラシックを無冠で終えたのは9年ぶり。はたして、生産界の絶対王者に何が起きていたのか。
2位「社台ファーム」に260勝以上の差をつけ、「生産者リーディング」10年連続首位の座を手中にしている競走馬生産界の絶対王者「ノーザンファーム」が、11年以来9年ぶりにクラシック無冠となった。スポーツ紙記者が嘆息する。
「菊花賞はノーザンF生産馬が7頭出走。アリストテレスがコントレイルのクビ差2着、サトノフラッグが3着しましたが、秋華賞が終わったあとのノーザンF関係者の表情たるや、まるでお通夜のようでした。それも当然でしょう。デアリングタクトの三冠阻止として送り込んだ4頭の成績たるや、さんざんなものでしたからね」
その4頭とは、リアアメリア(2番人気)、ミヤマザクラ(6番人気)、サンクテュエール(8番人気)、ホウオウピースフル(13番人気)で、着順はまさかの13、14、16、18着だった。
「そもそもGⅠ勝利数が激減しています。昨年は19勝だったのに対して、今年は7勝(11月8日終了時点)。今週のマイルCSから暮れの有馬記念までJRAのGⅠは7つ残っていますが、全て勝ったとしても昨年の成績を上回ることは不可能です。しかも、うち3つは2歳の若駒による戦い。これまでは毎週のようにノーザンFの馬に重い印をつけてきましたが、今年の成績を振り返ると、今後は評判馬だからといって、安易に飛びつけないですね」(スポーツ紙記者)
2歳馬に目を向けても大誤算ぶり明らかだ。例えばノーザン系クラブ法人のキャロットファームからアルマドラード(1億4000万円)、アークライト(1億2000万円)、ルペルカーリア(1億2000万円)、クローヴィス(1億円)、セブンサミット(1億円)といった1億円を超える高額馬がデビューしているが、5頭とも未勝利のままなのである。競馬関係者が言う。
「中でも全姉が桜花賞馬ハープスターというアークライトは、生産者の吉田勝己氏や藤沢和雄調教師が『クラシック路線に乗せたい』と評していた馬。ですが、鞍上にルメールを配したデビュー戦はクビ差の2着。その後も2、3着と3連敗中ですからね。関係者も相当ショックだと思います」
もちろん、しっかりと結果を出している馬もいる。京王杯2歳Sを勝ったモントライゼはキャロットファームで、重賞連勝中のメイケイエールやソダシなど、これまで8つ行われた2歳重賞のうち、ノーザンF生産馬が6つも勝利を収めている。
では、古馬はどうなのか。競馬関係者が続ける。
「アーモンドアイが芝GⅠ8勝目を飾った天皇賞・秋は、ノーザンF生産馬が1~3着を独占したように、層はかなり厚いですね。ただ、コントレイルとデアリングタクトの『無敗の三冠馬』が誕生したことで、今後はそれが崩れる可能性もあります。11月29日に行われるジャパンCでは、この三冠馬2頭を打ち負かすべく、アーモンドアイやサートゥルナーリアなど、ノーザンF生産馬7頭が参戦予定ですが、もし敗れれば、来年は古馬路線も厳しい年になるかもしれません」
いずれにしてもアーモンドアイはジャパンCがラストランとなるため、「ノーザン帝国」にとっては新たなスターホース誕生が急務となるようだ。
そしてもう一つ、今年のGⅠ勝利数を減らしている大きな理由は、コロナの影響である。
「ノーザンFが騎乗依頼を出す時のファーストチョイスは、言うまでもなくルメールです。素質を見込まれた2歳馬や超一流馬などは、例外なくルメールが乗るようになっている。しかし、体は一つしかないので、全ての有力馬に乗るわけにはいかない。そこで欠かせないのが短期免許で来日する外国人騎手たちなのですが、今年の後半はコロナのせいで来日できなくなった。まさに大誤算です」(競馬関係者)
俗に「優勝請負人」と呼ばれる海外の名手たちだが、昨年を振り返ってもスミヨン(エリザべス女王杯)、マーフィー(ジャパンC)、ムーア(朝日杯FS)、レーン(ヴィクトリアM、宝塚記念、有馬記念)と、GⅠ19勝のうち6勝を短期免許の外国人騎手が勝利に導いている。
「一昨年で言えば、モレイラ(エリザベス女王杯)やビュイック(マイルCS)もノーザンFの馬でGⅠを制しています。そうした数多くの名手たちの中でも、ムーアやレーン、マーフィーなどは、来日すれば必ず結果を残して帰る。これは馬主や調教師にとっては、非常に頼りになります。今年の2月上旬まで来日していたマーフィーは、国枝調教師(身元引受調教師)と秋に再来日することを約束して母国へ帰っていったぐらいですからね」(競馬関係者)
しかしコロナ禍のため、その約束を果たすことはできなかった。それが理由で皐月賞、ダービーともに2着に敗れたサリオスの鞍上にも影響が出たという。
「次走がなかなか決まらなかったのも、騎乗者を誰にしていいか決めかねていたためだと言われています。管理する堀調教師は外国人騎手を使うのが大好きですが、マイルCSを使おうにも、ルメールはグランアレグリアに騎乗することが決まっていた。だけど来日する外国人騎手はいない。それで結局、空いているデムーロに決めたようです」(競馬関係者)
マイルCSもノーザンFの有力馬7頭が出走予定。天皇賞・秋と同様、上位独占もありうるが、コロナさえなければ‥‥、それが関係者の本音かもしれない。
サリオスのように、有力馬の使いどころについては、クラブ会員から不満の声も聞こえてくる。競馬ライターの兜志郎氏が明かすには、
「ノーザンFは販売ルートとしてサンデーレーシング、シルクレーシング、キャロットファームを持っていますが、クラブの性質上、できるだけ多くの会員に利益を分配したいと考えるのは当然。ですがその結果、強い馬同士を戦わせない『使い分け』が頻繁に行われるようになった。国内GⅠではメンバーが分散され、レースレベルは低下。香港などやオーストラリアに参戦するのも、新たな挑戦というより、飽和気味の有力馬の『テイのいい使い分けの場だ』とボヤいている会員もいます」
絶対王者ならではの悩みとも言えるが、今後を左右する大きな問題もある。それはポスト・ディープインパクト、ポスト・キングカメハメハの存在だ。
「キンカメの後継種牡馬としてはロードカナロアやルーラーシップがいて、産駒からはクラシックホースも出ています。今年、種牡馬デビューしたドゥラメンテ産駒も好調で、モーリスとともに21勝。JRA2歳種牡馬リーディングの座を激しく争っています」(スポーツ紙記者)
一方、ディープインパクトの後継種牡馬からはまだクラシックホースが出ておらず、3歳GⅠでいえばリアルインパクト産駒のラウダシオンがNHKマイルCを勝ったぐらいだ。
「後継種牡馬争いのトップにいるキズナは5頭の重賞勝ち馬を出していますが、クラシックではディープボンドの菊花賞4着が最高。残念ながら、まだ大物と呼べる馬が出ていません。ただ、ディープ産駒の中にはコントレイルやワグネリアンなど現役馬もいますからね。もう少し長い目で見たほうがいいでしょう」(スポーツ紙記者)
特に父と同じ無敗の三冠馬に輝いたコントレイルの将来は楽しみだが、兜氏は「デアリングタクトの父でもあるエピファネイアが今後は重宝される」として、こう続ける。
「このところの勢いはすごいですからね。何よりサンデー系牝馬だけでなく、キンカメ系牝馬にもつけられるのが強みです。ひょっとすると、数年後にはエピファネイアがリーディングサイアーに輝くかもしれませんね」
優れた繁殖牝馬を数多く所有しているノーザンファームだけに、どの馬とマッチングしていくのかが、今後も絶対王者でいられるか否かの大きなカギを握りそうだ。
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