82年「悲しき酒場の唄」(白水社・西田実訳)として親しまれてきた名作が、村上春樹の新訳に山本容子の銅版画を添えてアップデートされた。カーソン・マッカラーズは現代アメリカ文学の伝説的な作家で、1917年に生まれ67年に死んだ。作品数は多くないが、その後のアメリカ文学、世界文学に大きな影響を与えた。
本書は救いのない小説である。舞台はアメリカ南部のさびれた田舎町。
主人公のアミーリアは、女傑という言葉がふさわしい。背が高く、たくましい。独身。30歳。しかも裕福だった。父親から引き継いだ建物で飼料や肥料、雑貨を売り、少し離れたところには醸造所を所有していた。ウイスキーも作れば、大工仕事もひとりでこなした。ただし、人づきあいは悪く、些末なことでも訴訟沙汰にする癖があった。
このアミーリアのもとに、母親の腹違いの姉の息子、つまり従兄弟だと自称する男がやってくる。ボロボロの服を着て、身長は120センチほど。「せむし」である。なお、この言葉について訳者は「現在では不適切な表現として、出版等において一般には使われていないが、本書においてはどうしても避けることができない必要な表現であり、批判は覚悟であえて用いることにした。もはや古典の範疇に入る作品であり、その時代性をくみ取っていただければと思う」とあとがきで書いている。
町の人たちの予想に反して、アミーリアはこの男、ライモンを追い出すことなく、一緒に暮らし始める。2人がどんな関係なのか、アミーリアがどのような感情を持っていたのかは謎だ。単なる同居人なのか、それとも愛人なのか。どこへ行くにもアミーリアはライモンを連れて行く。
ライモンがやってきて、アミーリアは変わる。店で食事や酒を出すようになる。これがタイトルにあるカフェ、あるいは酒場である。いつしかアミーリアの店は町の人びとの憩いの場となり、社交の場となる。もっとも、アミーリアが基本的に人嫌いなのは変わらないけれども。
しかし、幸福な日々は続かない。実はアミーリアは一度だけ結婚したことがあった。相手の男、マーヴィンは、ハンサムだが札付きの悪党だった。2人の結婚期間はわずか10日だった。アミーリアに追い出された後、男は罪を犯し、監獄に入れられていた。そのマーヴィンが町に帰ってきた。そしてアミーリアのカフェに現れて‥‥。
繁盛していたカフェが、やがて廃墟になることは、小説の冒頭で明らかにされている。マーヴィンが凶事をもたらすのか、それともライモンが諸悪の根源か。後半はホラーのようにおどろおどろしい。
小説の中ほどに次のような文章がある。
〈そう、この愛について、あるいはほかのどのような愛についても、神様以外のいったい誰にその是非を最終的に判断することができよう?〉
真理である。
《「哀しいカフェのバラード」カーソン・マッカラーズ・著 村上春樹・訳/2420円(新潮社)》
永江朗(ながえ・あきら):書評家・コラムニスト 58年、北海道生まれ。洋書輸入販売会社に勤務したのち、「宝島」などの編集者・ライターを経て93年よりライターに専念。「ダ・ヴィンチ」をはじめ、多くのメディアで連載中。