デビュー作の「同志少女よ、敵を撃て」(早川書房)が「本屋大賞」を受賞してベストセラーになった逢坂冬馬の新作である。「同志少女よ─」では、独ソ戦最前線の女性狙撃兵を、第2作の「歌われなかった海賊へ」(早川書房)は、ナチス体制下のドイツで抵抗運動をする少年少女を描いたが、第3作となる本書は一転し、現代日本で生きるさまざまな人びとを描く。キーワードは「善良」だ。
構成は複雑で、まったく先が読めない。ページをめくりながら「この物語は、読者をどこへ連れて行くのだろう」という気持ちになる。そして「こう来たか!」という驚きの連続。物語を読み終えた時には、深い満足感と感動がある。
タイトルの「ブレイクショット」とは、ビリヤードの用語で最初のひと突きを指すが、この小説では「SUV(スポーツ用多目的車)」のクルマの名称でもある。この「SUV」が登場人物たちの人生の節目節目に関わってくる。
物語の軸になるのは後藤晴人と霧山修悟という少年。ふたりはサッカーのユースチームに所属している。修悟には抜群のセンスがあり、監督やコーチはプロへの道を勧める。修悟の才能を真っ先に発見したのはチームメイトの晴人。晴人には、的確にアドバイスする冷静な観察力と優れた思考力、判断力がある。やがてふたりは、選手とマネージャーとして世界へ出て行こうと固い約束をする。
だが、新興ファンドの副社長である修悟の父は、修悟には学業に専念させ、自分と同じように一流大学から一流企業へという道を歩ませたいと思っている。晴人の父は板金工で、小さな自動車工場で働いている。学歴もなく、収入も少ないが、善良であることを大切にしている。彼は晴人を褒め、尊重する。
晴人と修悟、それぞれの父親の人生や、彼らに関わりのある人物の人生もまた詳しく描かれる。例えば、修悟の父と共にファンドを立ち上げた宮苑という男。自分の人生の座標軸は「マネー、ライフ、ゲーム」だという。一流の大学から官僚になり、その人脈をいかして会社を興し、世間の注目を浴びている。
ところが、順風満帆かと思われた登場人物たちの人生は、次第に歯車が狂い出す。宮苑にインサイダー取引疑惑が持ち上がって修悟の父はそれに巻き込まれ、修悟の環境は激変する。晴人の父は事故に遭い、晴人にも大きな試練がやってくる。突かれたビリヤードの球が他の球に当たり、その球がまた他の球に当たっていくように、誰かの悪意がまったく無関係な人間の運命を変えてしまう。
プロローグとエピローグには、自動車工場の期間工として働く青年が描かれる。彼が組み立てているのはSUVのブレイクショット。章と章の間に、中央アフリカ共和国の武装組織で兵士にされた少年の物語が挟まれる。彼が乗るのもブレイクショット。まったく無関係なエピソードに見えて、実はそれぞれつながり合っている。時代に翻弄される人もいるが、目標を見失わない人もいる。本当に大切なものは何だろうか。
《「ブレイクショットの軌跡」逢坂冬馬・著/2310円(早川書房)》
永江朗(ながえ・あきら):書評家・コラムニスト 58年、北海道生まれ。洋書輸入販売会社に勤務したのち、「宝島」などの編集者・ライターを経て93年よりライターに専念。「ダ・ヴィンチ」をはじめ、多くのメディアで連載中。