永江朗「ベストセラーを読み解く」会ってみないとわからない!? ねるとんパーティーもいいね

「成瀬は天下を取りにいく」「成瀬は信じた道をいく」(共に新潮社)と、大ヒットが続く宮島未奈の第3作である。作家にとって第3作は試金石である。第2作はデビューの勢いで書ける。だが、最初の2作でアイデアも情熱も尽きてしまった、という作家も少なくない。

 第3作も「成瀬」ものでいくかと思いきや、前2作とはまったく違う題材である。全6話からなる連作短編の語り手は、さえないフリーライターの男、40歳。舞台は静岡県浜松市だ。

「俺」は大学入学から21年と6カ月、ずっと「レジデンス田中」というマンションに住んでいる。80歳を過ぎても元気な大家の田中宏から仕事を紹介される。「婚活を企画する会社のホームページに記事を書いてほしい」というのだった。取材のため婚活パーティーに参加したり、いつのまにかスタッフとしてパーティーを手伝ったり、さらには‥‥という展開。いささかスラップスティック・コメディがかった事件が毎度のように起きる。

 この婚活会社の女性社員が鏡原奈緒子。黒いパンツスーツのすらっとした女性である。黒いストレートヘアをひとつ結びにして、企業の受付にいてもおかしくないような容貌。30代前半にも見えるし、「俺」と同い年ぐらいにも見える。仕事はできるがちょっとお堅い感じ。彼女が「婚活マエストロ」なのである。彼女がいるとカップルが成立しやすい。実は彼女には「誰と誰がくっつくか」が見える超能力があるというのである。

 第1話「婚活初心者」は「俺」が婚活パーティーに参加する話。婚活パーティーなるものの、システムが小説の流れにそって説明される。まず全員と5分ずつ話し、お互いに気になった者同士が、今度はもうちょっと長い時間おしゃべりする、という段取りである。2度目のおしゃべりで気が合うとマッチング成功。かつて流行した「ねるとんパーティー」と同じだ。

 さて「俺」は取材がてら参加した婚活パーティーで、アリサという女とマッチングに成功する。アリサは33歳で職業は「俺」と同じライター。パーティー会場を出た2人はサイゼリアに行く。アリサは「今度、ライターの勉強会があるんですけど、よかったら一緒に行きません?」と、ぐいぐい誘ってくる。さらにそこにアリサの知り合いだという男が加わってきて‥‥。絶体絶命の展開になった時、婚活マエストロ鏡原奈緒子が現れる。結末は読んでのお楽しみとしよう。

 本書を読んで、筆者は昔取材した「ねるとんパーティー」を思い出した。そこで人気なのは、美男とかオシャレな男とかではなく、誰とでも気楽にうちとけて話ができる男だった。女が声をかけてくるのを黙って待っているだけの男は誰にも相手にされない。

 いまはマッチングアプリ全盛時代で、対面の婚活パーティーなんて流行らないのかもしれないけれど、やっぱり、会ってみないとわからないことは、たくさんあるのである。

《「婚活マエストロ」宮島未奈・著/1760円(文藝春秋)》

永江朗(ながえ・あきら):書評家・コラムニスト 58年、北海道生まれ。洋書輸入販売会社に勤務したのち、「宝島」などの編集者・ライターを経て93年よりライターに専念。「ダ・ヴィンチ」をはじめ、多くのメディアで連載中。

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