年金制度を65歳まで5年間延長したら、負担と将来もらえる年金額の関係はどうなるか、厚生労働省が試算をしていると報道された。年金制度といっても国民全体が入る基礎年金制度の話だ。この流れを庶民目線で見てみたい。
大企業や正社員として月給をもらいながら60歳を過ぎて働く人は、毎月の給料から厚生年金保険料を引き続き支払っている。毎月支払う年金の負担は高額だが、半分は企業側の負担。高額の掛け金を長く払っているので、将来もらう年金額はそれだけ高くなる。
しかし、一方で基礎年金部分の国民年金を支払っている人、例えば自営業者や農業、フリーランス、企業に勤めながらも厚生年金制度からあふれてしまっている人、これらを第一号被保険者というが、基礎年金の支払い期間は最長で40年。60歳までとなっている。
令和6年度の国民年金保険料は月額1万6980円。こちらは全額自己負担で、40年間払ったとしても将来もらえる年金額は少ない。満額でも令和6年度は毎月6万8000円。夫婦で月12万6000円だ。
満額もらえたとしても、これだけで生活を支えることはほぼ不可能。これが標準的な厚生年金制度の受給者となると、夫婦で23万483円。毎月もらう金額が10万円近くも違うのだ。
何も勉強してないメディアや経済ジャーナリストは、年金財政が逼迫する中で国民負担が増すだけだと批判するが、年金制度は本人や企業が支払う年金保険料だけでなく、税金も投入して成立している制度である。年金の支払い期間を延長するという厚労省の意図は最高6万8000円しか支給されない自営業者らと厚生年金を掛けている人たちとの差を埋めるために、何ができるかと考えてのことだとも言える。
実は将来の年金額の格差を埋めるために、第1号被保険者向けに任意で加入する「国民年金基金」という制度がある。こちらはすでに65歳まで加入できる。
もちろん、今回試算されている基礎年金制度の変革となると強制力が伴うものだから、慎重な議論が必要だし、今回の報道は世論の反応を見るためのものでもあるだろうけど、反応はあまりにも少ない。そして、負担するのはキツイというのはよくわかるけど、それが将来の生活の支えになるのであれば、税金を支払うのとはまったく別次元であることは考えておきたい。
まあ、そういった拒否反応が出てくるのは、それだけ今の政治と行政機関が国民から信頼されていないということなのだろう。
人生100年時代ではあるが、人口減少、それも深刻な働く世代である生産年齢人口が減っている日本にとって、働く意思のある人にはできるだけ長く働いてもらいたい。そして、みずから生活を支える工夫をしてもらいたい。
厚生労働省がそう考えているのなら、ぜひ考えてもらいたいのが今の労災制度の不備だ。日本でもこの20年でやっと過労死などが少しずつ認められることが増えてきた。働く中での労災や過労死という悲しい結果になった人に対する、公的な補償がきちんと整備されることは、働く人の環境改善にもプラスになるのでとても重要だ。
特に深刻な過労死が認められるガイドラインの労働時間の目安があるけれど、それは若い人と高齢者との差がない。一律なのだ。
21年9月に労災認定基準を「労働時間と労働時間以外の負荷要因を総合評価して労災認定すること」とされた。酷暑の夏に屋外で働く人、工場など高温高湿度の中で働く人、夜勤など過酷な労働条件で働く人は、標準的な労働時間だけで決めるな、ということだけれど、年齢も考慮される一つの要素のはずだ。
それなら、労働時間の目安もせめて3段階ほど年齢別に分けた基準を設けることはできないものだろうか? 高齢者に働いてもらうまともな法的な建て付け、制度設計ができていないような気がしている。
佐藤治彦(さとう・はるひこ)経済評論家。テレビやラジオでコメンテーターとしても活躍中。新刊「つみたてよりも個別株! 新NISA この10銘柄を買いなさい!」(扶桑社)が発売中。