この3年間で2回、能登半島を訪れた。これまでいくつもの物語や歌謡曲で歌われた場所。それだけ創作者の心を動かしたわけで素晴らしいに決まっている。輪島の朝市や世界農業遺産に選定された白米千枚田、和倉温泉、JR七尾線などを観光することができる。
荒い波しぶきの半島の西側、外海には奇岩がそそり立つ。逆に東側の穏やかな雰囲気の内海にはイルカたちが泳いでいた。内海では当たり前の光景だそうだ。
私の観光スタイルは一度に全部のスポットを訪れない。次の楽しみを残しておくのが〝佐藤流〟だ。だから、必見の大本山總持寺や氣多大社はまだ行っていなかったのだが、今年元日に起きた大地震で、再び總持寺が甚大な被害にあってしまった。總持寺は07年の地震でも大きな被害を受け、全国から浄財を募って開創700年の21年に向けて修復し、完成したばかりだったのだ。
あれから9カ月。報道される内容は「復興が進まない」というものばかりだ。現地の宿泊施設が限られているため、工事関係者は毎日何時間もかけて現地に入る必要があり、半壊以上の被害を受けた建物の権利関係が不明で撤去作業ができない、という事情が報じられたりもする。すると「政治は何をやってるんだ。大阪万博などヤメて復興にこそ力を入れろ」といった批判の声が多く出てくる。
地震で直接亡くなった方は229名。しかしその後、避難所などでの被災生活で苦労やストレスが原因の災害関連死は、申請者も含めて200名(6月末時点)を超えている。特に住み慣れ、親しんだ土地で亡くなる。ふるさとを愛し、家族やご近所との人間関係を大切にし、土地にもこだわりがあるのだろう。これは心の問題なので私のようなものが軽々しく語るべきことではないのだが、あまりにも悲しい現実だ。家族の周り、いや、本人も無念だろう。
「政治は予算をケチって、復興を遅らせている」という批判がある。しかし政府は被災地支援のため、春先に1400億円ほどの財源を予備費から支出することを決めている。とはいえ、仮に被害の大きかった奥能登(人口約5万人)だけに支援したとしても、1人あたり280万円。決して少ない金額ではないが、理想の復興には程遠いだろう。理想はすべてのインフラを再興し、住民の家屋や家財道具の費用を国が出し、産業の復興のために予算を割く。となると、何兆円も必要で、まったく足りないのだ。
今回の復興にあたって、行政は予算には限りがあるので、すでに20年以上前から人口減少の日本に必要とする地域の集約化、コンパクトシティ化を能登半島にも求めている。これは多くの人が中心地に移り住んで寄せ合って住む。その周りに役所、商業施設、病院、学校、インフラ、交通などを整備するというもの。
「コンパクトシティ」「集約化」「地方再生」などとポジティブな言葉が並ぶが、要は多くを占める小さな村落の切り捨てだ。その土地に生まれ、苦労しながら住んできた人たちに捨てて移れという話で、多くの人が反発するのもよくわかる。
しかし、この流れは日本全国で着実に進むだろう。それ以外に選択肢がないからだ。個人としての一つの選択は、この事実を受け入れ、先回りして人生設計をすることである。
ここで肝になるのが「仕事」と「住居」。特に住居は、もし長く住み続けることができないと思うなら、家にお金をかけることは避けた方が無難だし、可能であれば、売ってしまうことも検討してほしい。
コンパクトシティ化で拠点から外れる地域が決まってしまうと、不動産はほとんど値がつかず、価値のないものになってしまう。そうなる前に売却して現金化した方が賢明である。心が傷つき、荒むだろうが、これが近い将来、多くの日本人が求められる現実なのだ。
佐藤治彦(さとう・はるひこ)経済評論家。テレビやラジオでコメンテーターとしても活躍中。8月5日に新刊「新NISA 次に買うべき12銘柄といつ売るべきかを教えます!」(扶桑社)発売。