総選挙が終わって与党が大敗したら、与党なのか野党なのかよくわからない国民民主党がキャスティングボートを握っていた。その主張は「手取りを増やす」こと。そのために103万円の壁を75万円引き上げて178万円にしろ、というものだ。
103万円は所得税を払う必要がある壁と言われるが、その壁を超えても手取りが減ることはない。税金は払うが、その税率は103万円を超えた部分の5%。つまり、年収が103万円から105万円になったとして、支払う税金は増えた2万円の5%にあたる1000円だけ。手取りは104万9000円だ。
日本の所得税の税率は課税所得金額に応じて5%、10%、20%‥‥となだらかになっている。そこで問題なのは本人の手取りではなく、世帯の手取り。キーワードとなるのは扶養控除だ。多くの場合、夫の年収が低い、もしくは収入がない妻や16歳以上の子供を養っているという条件を満たせば、税金が安くなる仕組みがある。
一般的に大学生など、親の扶養になっている子供がアルバイトで年間103万円以上稼いでも、学生本人の手取り自体は減らない。しかし世帯ベースで見ると、子供を育てている世帯が得られる所得税が安くなるという恩恵はなくなってしまう。
例えば、年収500万円の4人家族が支払う所得税は、年間で10万円を下回る。ところが、大学生の子供がアルバイトで103万円以上稼ぐと、世帯の所得税は、ざっくり言うと3万8000円増えることになる。
しかし、だ。世帯で見ると年収は500万円から603万円(以上)になったにもかかわらず、所得税は3万8000円しか増えない。果たして、これが壁と言えるだろうか?
仮に大学生の子供が働かず、親の年収が603万円(以上)だとすると、所得税だけで年間20万円くらいになり、厚生年金などの社会保険料も増える。親と子供の2人で稼げば、世帯全体の負担は相当安くなる計算だ。
我々は日本人として様々な公的なサービスを受けながら生きている。福祉、防災、教育、国防など、いろんなことにお金はかかる。収入が増えても税金などの負担を減らしたいのは、今の給料が安すぎるからだろう。
また、公務員やサラリーマンの専業主婦の場合、103万円以上稼いだらどうなるかというと、配偶者特別控除というものがあり、150万円くらいまでは夫自身の扶養控除はそのままで、たとえ150万円を超えても、200万円くらいまでは、なだらかに負担が増えていくだけだ。
国民民主党の政策が通れば誰が得をするかというと、はっきり言わせてもらうと金持ち、高所得者である。例えば基礎控除を75万円引き上げると、先の年収500万円の世帯は年間13万円ほど所得税が安くなる。一方、年収が2000万円くらいあると25万円も安くなるのだ。
そして壁を178万円に引き上げたとしても、多くの人は、もう一つの壁に阻まれていることに気づいて躊躇するだろう。本当の壁は社会保険料の負担だ。
社会保険料の制度にはいろんな問題がありすぎるので、働き控えなどの問題が起きている。そして働き控えの事情は、働く側の事情よりも企業側の理由が大きい。なぜなら、企業側が社会保険料の半分を負担しなくてはいけないからだ。
社会保険料の問題点については別の機会に書きたいと思うが、国民民主党案では7〜8兆円の税収減になり、その穴埋めに消費税を3%増税するなんてことにもなりかねない。国民民主党は「財源は政府与党が考えろ。俺らは知らない」と言い放っている。
与野党伯仲になり、いつか手をつけなくてはいけない日本の問題点があぶり出されたことは評価するが、我々国民は少し頭を冷やして、壁をどう取り払っていくべきか。乱暴な案では誰が最終的に得するのか、じっくり見ていきたい。
佐藤治彦(さとう・はるひこ)経済評論家。テレビやラジオでコメンテーターとしても活躍中。8月5日に新刊「新NISA 次に買うべき12銘柄といつ売るべきかを教えます!」(扶桑社)発売。