日本経済がどうもうまくいかない理由の一つは、人手不足だ。中小企業などでは、事業は順調、経営も黒字なのに、倒産してしまうケースがよくある。理由は人手が足りないからだ。
政府は、労働力確保のためにシニアと女性の活用を推進してきた。昭和の頃は55歳で定年だったのだが、今や65歳まで働くのが当たり前。多くの人が働けるうちは働きたいと思うようになった。70歳まで働ける職場も増えて、70歳まで働く人は全体の半数ほどにもなった。その理由は様々だが、老後のお金が足りないからということも多い。
今の年金制度は60歳まで働くことを前提に作られている。例えば、国民年金の保険料は20歳から60歳まで払うのが原則といったことからもわかる。
しかし、会社勤めなら60歳以降も会社の厚生年金制度の下で働くことになり、実は70歳までは厚生年金を払い続ける。そして、それだけ老後にもらえる年金も増える。
しかも、通常は65歳でもらえる年金を先延ばしすれば、毎月の年金の金額が増える仕組みになっている。1年遅らせれば、毎月もらう年金は8.4%増える。受け取りを70歳からにすれば実に42%も増えることになる。年100万円の年金だった人は、死ぬまで年142万円になるというわけだ。
そこで、多くの人が70歳までは頑張って働いて給料で生活し、70歳以降は42%も増えた年金で暮らそうとする。さらに65歳から5年間、厚生年金に入って働くので、この分が元々の分に上乗せされて、これで老後の金の問題は解決するだろうと思う人は多い。
また、年金をもらいながら働く在職老齢年金制度もある。
年金と給料でそこそこ豊かな生活ができると思っていても、これを読んでくれている読者で、年金のことをよくご存じの方は「そうはうまくいかないんだよな」ということを知っている。
というのも、65歳からもらっている月給やボーナス、手当など、支給される老齢年金のうち、報酬比例部分の合わせた総額が月50万円を超えると、年金が削られてしまうのだ。
で、こう考える。
「年金をもらわずに70歳まで待っていれば42%も増えるんだろう。だから元気なうちは年金をもらわず先延ばしにして、若い時と同じように毎日懸命に働く。できるだけ給料をもらってさ、70歳までは生活。70歳からはたんまり増えた年金で生活する」
こうした老後計画を立てている人も多いだろう。
ところが、65歳から年金をもらわないままで、例えば、毎月50万円を超えるような給料をもらって5年間働いて70歳になったとすると、おそらく年金はほとんど増えない。正確にいうと、基礎年金部分は増えているのだが、報酬比例部分は65歳でもらうのとほぼ同額になってしまう。
というのも、たとえ65歳以降に年金をもらわずに働いたとしても、在職老齢年金制度は適用され、年金は合算して50万円を超えると削られていくからだ。
このことは、ほとんど知られていない。年金制度が複雑だけに、報道もあまりされていない。多くの人が70歳になって増えた年金を楽しみにしていたところ、ほとんど増えてないという事実に呆然とすることになる。「懸命に70歳まで働いたのに年金が減らされていた。ダマされた!」と思う人も出てくるだろう。
だから私は「65歳を過ぎたら、働く前にちゃんと計算しないとバカをみるよ」と言っている。
労働力としてシニアを活用したいのなら、こんな、こっそりと年金を削っていくようなことをするのはヤメた方がいい。
「まあ、俺はそんなに年金も給料ももらえないから、大丈夫だよ」という人の方が、ダマされるようなことがない分、幸せなのかもしれないね。
佐藤治彦(さとう・はるひこ)経済評論家。テレビやラジオでコメンテーターとしても活躍中。8月5日に新刊「新NISA 次に買うべき12銘柄といつ売るべきかを教えます!」(扶桑社)発売。