高齢者の認知症予防で重要な脳の働きは、覚える能力よりも思い出す脳力、すなわち記憶力よりも回想力である。
私が主宰するうたともクラブでは、この回想力を強化するために、時代背景を織り込むナツメロの配列でストーリー展開するプログラムを月ごとに作成。高齢者たちが生きてきた戦後昭和のそれぞれの時代を連想ゲームのように思い出すように仕掛けている。つまり、連想ゲームならぬ回想ゲームで、ナツメロを楽しみながら脳の働きを回すという試みだ。
このプログラムが回想力強化の処方箋になっているのだが、時には参加者にリクエストを求めることもある。その場合、リクエストされた曲目で、その人の青春がどのようなものであったか、もう十年以上もやっているから、おおよその見当はつく。
リクエストで一番に多い歌謡曲はいわゆる青春歌謡である。「学生時代」「青春時代」「君といつまでも」「青春の城下町」「青葉城恋唄」「瀬戸の花嫁」などなど。
回想する時代は青春時代に集中している。当然であろう。日本人ならば、たとえ高齢者であれ、何歳になっても青春を歌いたい。しかも、高齢者にとっては、その青春がナツメロによって共有されている。一つの青春歌謡をみんなで歌えば、その戦後昭和の時代が全員一斉に回想され、それぞれの思い出が脳裏に蘇ってくるのだ。
私にはNPO法人うたともクラブを立ち上げるきっかけとなる一つの衝撃的な体験があった。千葉市のおじさん歌謡団に加わり、ボランティアで歌っていたのだが、デパートの歳末バーゲン会場で「高校三年生」や「美しい十代」の青春歌謡を歌った時、最前列に座る妙齢の女性がみるみる顔を紅潮させるや、ワッとばかりに大粒の涙を吹きこぼした。すると隣の女性もハンカチで目をおおい、またその隣もと、感涙の連鎖反応が起きたのだ。思わず私はステージから飛び降り、女性たちに涙の訳を聞いた。すると一様に「若い頃の自分が思い出されちゃって」という返答だった。
この時まさに「歌の力」という魔法に私が気づいた瞬間だった。
彼女たちがその時どのような生活状況に置かれていたのかなどは私には全く与り知らぬことだ。しかし、彼女たちが「高校三年生」や「美しい十代」によって、脳の奥深くに封印されていた青春を不意に蘇らせたという事実を目撃したことに、私は感動すら覚えた。
彼女たちの心には「美しい十代」という自分自身の姿がいまだに清らかに眠っている。その青春を蘇らせる力――青春力というものが、ナツメロ昭和歌謡にはあり、これもまた「歌の力」の魔法の一つなのだ。
(つづく)
徳丸壮也(とくまるそうや)・昭和文化研究家 ジャーナリストとしてスポーツ、ビジネス、トレンドと幅広く執筆し、著書30冊。かたわら住む千葉市で高齢社会まちづくり市民新聞を発行したことから高齢者が歌の力で活性化を図るNPO法人うたともクラブを設立、会員数3000人を組織。認知症予防「ナツメロ青春回想法」を発案、指導リーダーの歌声福祉士を養成。ナツメロ昭和歌謡を研究し、歌の力の健康長寿効能を実証的に提唱。