「80歳の壁」を越えるナツメロ健康長寿法(4)心を激しく揺さぶる浪漫歌謡

 高齢者が認知症への入口に立っているなとイエローカードの状態にあることは、その姿形を見ればわかるような気がする。第一に無表情、第二に動作緩慢、第三に同じ話を繰り返す。つまり、感覚感性が鈍化している。歌でもそれらしいとわかることには、真夏なのに真冬の歌をリクエストしたりする。彼らには季節感というものが日常生活の中で失われてしまっているのだ。

 服装でも、四季を通して黒、紺、焦げ茶、灰色と同系同色の着たきり雀。違いは生地の厚さだけ。おしゃれを忘れてしまっている。これは、食事でもそうなのだろう。昔は、旬の和食の手料理が卓袱台に並んでいたものだが、洋風化、外食化した今日、料理に季節感は乏しい。だから、季節を愛でる感受性が劣化するのも仕方ないことかもしれない。が、高齢者の場合は、その感受性の劣化がそのまま感覚感性の鈍化に直結してしまうようだ。ここに、認知症への扉が開かれていると思われてならない。

 認知症の入口に立つ高齢者は、私が冗談を言っても笑わない、暴言を吐いても怒らない。無表情で喜怒哀楽に乏しい。関心や好奇心が薄い。だから、感動もしない。感動を忘れた高齢者たち。彼らに感動する喜び、楽しさ――その力、すなわち感動力を蘇らせるにはどうすればいいのか。

 それには、言うまでもなく、ナツメロの歌の力、その第三の魔法が一番に効き目があろうというものだ。

 俳句や短歌と同じように、ナツメロは四季折々の歌で構成されている。季節感がたっぷりと歌い込まれているのだ。特に島倉千代子や五木ひろしに代表されるような抒情歌謡には、季節そのものが歌のモチーフになっている。だから、ナツメロを歌えば、それだけで高齢者は季節感を豊かに感受し養うことができる。すると、心に感動も湧き起こってくる。

 昭和歌謡のナツメロはリズムよりもメロディで構成されている。それだけに感動を催す働きが強い。名曲とされるナツメロは心の感動の揺さぶり効果で評価されるものだ。

 心が揺さぶられるような感動。それは、ナツメロの中でも恋や愛を歌った浪漫歌謡に最も特長的である。高齢者が感動する心の力を蘇らせようとするならば、「好きよ」「愛してる」の歌詞の浪漫歌謡を歌うことが一番の特効薬だ。たとえば、「愛して愛して愛しちゃったのよ」という昭和30年代の大ヒット曲があるが、高齢者がもうすっかり忘れてしまった「愛しちゃった」というセリフが繰り返され、ララランランランを歌うだけで、たちまち高齢者の心に感動力がみなぎってくること間違いない。

 恋だの愛だのと年甲斐もなくいつまで言ってんのなんて、高齢者をないがしろにしてはならない。健康長寿の決め手は体力よりも心力。すなわち感動する力――感動力。これを養う肥やしが恋、愛なのだ。

 その養分の凝縮した浪漫歌謡の典型が官能演歌である。たとえば、その名曲の極めつきとして、石川さゆりの「天城越え」が男女を問わず高齢者の密かな愛唱歌になっている。なぜか。その理由は、天城山を「80歳の壁」に置き換えて歌ってみれば、たちどころに判明する。

 やはり、高齢者といえども生身の人間、心に情念が燃え盛ってこその健康長寿。念仏を唱えるように「天城越え」を歌いながら「80歳の壁」を越えていったならば、その向こうには人生最高の黄金時代が続いている‥‥高齢者は高齢者なりにいつまでも夢を見て、青春のナツメロを歌うのである。

徳丸壮也(とくまるそうや)・昭和文化研究家 ジャーナリストとしてスポーツ、ビジネス、トレンドと幅広く執筆し、著書30冊。かたわら住む千葉市で高齢社会まちづくり市民新聞を発行したことから高齢者が歌の力で活性化を図るNPO法人うたともクラブを設立、会員数3000人を組織。認知症予防「ナツメロ青春回想法」を発案、指導リーダーの歌声福祉士を養成。ナツメロ昭和歌謡を研究し、歌の力の健康長寿効能を実証的に提唱。

*週刊アサヒ芸能7月13日号掲載

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