2010年時点での日本における65歳以上の難聴患者数は1500万人。それから15年、以降のさらなる高齢化を鑑みれば、現在、その数はゆうに2000万人を超えたとされている。
通常、私たちは外耳や中耳、内耳などが適切な働きにより音を感知し、それが脳に伝達されている。しかし、この働きが何らかの原因で異常をきたすことで起こるのが聴覚障害、つまり難聴だ。
難聴には先天的なものと後天的なものがあり、外耳から中耳までの部分に原因があるものを「伝音難聴」、内耳から神経までの部分に原因があるものを「感音難聴」、この2つを併発したものを「混合性難聴」と呼ぶ。高齢者の場合、大半を占めるのが「伝音難聴」と「感音難聴」だが、近年は若い世代でも、イヤホンなどで長時間、大音量で音楽を聴き続けたことにより「加齢性難聴の若年化」が問題視されている。
一般的に難聴になると、「音は聞こえているが話の内容が理解できない」「話し声が明瞭に聞き取れず、こもったような音として認識されてしまう」「大勢の人の中や、雑音がする環境では会話が困難」等々の症状が現れる。するとどうしても会話がうまく成立せず、大きな心理的ストレスとなって他人とのコミュニケーションを避けるようになることが少なくない。そんなこともあり、近年の研究では、認知症を引き起こす大きな因子が難聴であることも明らかになっている。
2020年の国際アルツハイマー病会議(AAIC)では、「予防可能な40%の12の要因の中で、難聴が認知症の最も大きな危険因子である」と発表。認知症患者の約9パーセントが難聴が原因で発症したもの、との推測もあるほどだ。
先にふれたように、私たちは外耳や中耳、内耳で音を感知、それを脳に伝達しているが、難聴になると脳に伝わる音刺激や情報量が極端に少なくなる。すると、脳の萎縮や神経細胞の弱まりが進み、それが認知症発症に大きく影響を及ぼすとされる。というも、私たちの脳は、さまざまな作業や処理を同時に行ってはいるが、実は使える認知資源総量があらかじめ決まっている。ところが、難聴になると総量が「音の情報処理」のため大量に動員され、ほかの知的作業を行う脳の活動が難しくなる。結果、そんな状態が長く続くことで脳の萎縮が加速。それが認知症を誘発するというのである。
加えて、難聴でコミュニケーションが取りづらくなれば、どうしても人と会話するのがおっくうになる。人と話す機会が減ればさらに脳の萎縮が進み、認知機能が低下。そんな負のサイクルが起きることになる。つまり、難聴は直接的かつ間接的、そして段階的に認知機能を低下させていくということが、近年の研究で明らかになっているのだ。
だからこそ、認知症リスクを軽減させるためにも、難聴になるリスクを回避したい。難聴は単に大きな音を聴き続けたことだけで起こるわけではなく、一般的な病気同様、高血圧や糖尿病、喫煙、ストレスなどが原因となることから、まずは日々の食事や運動、睡眠という3本柱で「健康」を保つことが重要。結果、それが耳の健康にもつながることになる。そして、耳の聞こえ方に違和感を感じたら、「加齢だから」「もう治らないだろうから」と自己判断せず、耳鼻咽喉科を訪ねるべきだ。加齢で時間をかけて聞こえが悪くなった難聴を元通りにすることは難しいが、突発性により悪化した難聴は、対応次第で聴力を取り戻せる可能性もある。
そして、加齢性難聴と診断された場合には、迷わず補聴器を使うこと。「補聴器後進国」の日本では補聴器使用者はわずか15%程度だとされるが、難聴が認知症誘発の最大要因だと考え、まずは聞こえにくさを補う道具を活用すること。それが認知症リスクを軽減させることを覚えておこう。
(健康ライター・浅野祐一)