長嶋茂雄×野村克也「実録ライバル史」(3)ID野球とカンピュータの初対決

 東京ドームには試合前から熱気が漂っていた。1993年4月30日。プロ野球の平成因縁対決、ファンが注目する長嶋茂雄監督が13年ぶりに指揮を執る巨人と「ID(インポートデータ)野球」を掲げる野村克也のヤクルトが初対決である。

 試合は巨人・斎藤雅樹、ヤクルト・岡林洋一の先発で始まった。同点の6回、巨人は吉村禎章の安打から1死一、三塁としてジェシー・バーフィールドの三ゴロで勝ち越した。

 どうしても勝ちたい。長嶋は完投勝利目前の斎藤に代えて抑えの石毛博史を投入し、1点差の勝利をもぎ取った。

(4月30日 18時1分 東京ドーム)
ヤ000001000=1
巨00010100×=2

 長嶋が「ヤクルトはヤクルト、ウチはウチですよ」とサラリと言えば、野村は巨人との初対戦の印象を聞かれて10秒沈黙の後、「別にないよ」とブスッとした顔で応じた。

 巨人ベンチにはオフにヤクルトから金銭トレードで獲得した長嶋の長男・一茂が座っていたが、出番はなかった。

 5月1日の第2戦も巨人が1点差で勝利をモノにしている。巨人の先発・門奈哲寛は1回、ハウエルの満塁弾を浴びたが、巨人は5回に一挙5点を奪って逆転した。

 主役はのちのヤンキースの主砲・松井秀喜だった。1軍に初昇格して「7番・左翼」でスタメン出場していた。

 92年のドラフト会議で、復帰したばかりの長嶋は石川・星稜高の超高校級スラッガー松井を4球団が1位指名する中、抽選で交渉権を引き当てた。「4番1000日計画」を掲げて育成に力を注いだ。

 だが、1年目はオープン戦20試合で53打数5安打の打率・094、0本塁打で開幕は2軍スタートとなった。「ボクを落としたことを後悔させるよう頑張ります」と強気に語った。その言葉通り、イースタンで打率・375、4本塁打と結果を出していた。

 5回無死で二塁には駒田徳広がいた。松井は西村龍次の2球目の速球を力強く振り抜く。打球は一直線に中堅のフェンスを直撃した。タイムリー二塁打は大逆転の呼び水となった。プロ初安打、初打点である。

 長嶋は言った。

「若い選手は自信を持っているうちに早めに起用するのが定石です」

(5月1日 18時 東京ドーム)
ヤ400000000=4
巨00005000×=5

猪狩雷太(いかり・らいた/スポーツライター)スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。

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