現在二冠の藤井聡太の想定外の「奇手」が思わぬ波紋を呼んでいる。対談記事で「タブー」とも言えるAI将棋の「機密情報」を明かしてしまったのだ。棋士同士でも明かさないトップシークレットもさることながら、そのパソコンオタクぶりに関係者も驚きを隠せない‥‥。
発端は9月21日付の中日新聞での特集記事だった。数々の最年少記録を塗り替えてきた規格外の高校生棋士・藤井聡太二冠(18)が「手の内」を明かしたのだ。しかも、これまで棋士の間でほとんど語られなかった「AI将棋」のトップシークレット、使用中のパソコンについてもバラしてしまったのだ。記事中で、藤井はこう打ち明ける。
〈最新のCPU(中央演算処理装置)に「Ryzen Threadripper(ライゼン スレッドリッパー)3990X」を使っています。現状では、これが将棋用途で一番最適なので〉
パソコンのCPUといえば、人間の頭脳にあたる部分。そのスペックを明かすことは「宇宙人」とも言われる藤井の頭の中を公開するのと等しいほどの行為だ。一様に将棋界では驚きの声が飛び出し、あるプロ棋士OBなどはその大胆不敵さに舌を巻くほど。
「最年少でプロ入りし成長スピードの著しい藤井さんを支えているのは、AI研究にほかならない。ただ、藤井さんはどのようにAIで将棋を高めているのか、まったく口を開くことはなかった。それだけに、藤井さんがどんなコンピューターを使用しているかは全プロ棋士が興味津々だったのです。実際、棋士にとって使用するコンピューターの性能やソフトの活用方法は企業秘密。対局でしか顔を合わせない間柄では、雑談感覚で尋ねることはタブー視されています。そんな中で、藤井さんの自作PCのパーツや性能が大手メディアで公開される形となったのは、異例中の異例と言っていい。ベテラン棋士の中には『真似されるかもしれないのに恐れ知らずだな』と、藤井さんの不敵さにかえって脅威を感じる人もいたほどですよ」
藤井といえば、プロデビュー直後から、自他ともに認めるパソコンオタクとして有名だった。研究会での対局で研鑽を積む一方で、自宅に帰れば自作のパソコンを用いたAI将棋で棋譜の研究を進め、類いまれな進化を遂げたことで、文字どおり「AI将棋の申し子」とまで評されるほどになった。それだけに、そのパソコンのスペックに注目が集まっていたのだ。
とかく難しく考えられがちな自作パソコンだが、ITジャーナリストの西田宗千佳氏は「プラモデルを作るようなもの」と例えたうえで、次のように解説する。
「自作パソコンはハンダごてを使用するなどの溶接作業は必要ありません。基本的に手ではめ込む作業なので、工具はドライバー一本あれば十分です。ただし、パーツのチョイスや組み立て方には知識が必要です」
この組み立て方いかんでパソコンの性能は大きく左右されるだけに、その知識が並大抵のモノではないことがうかがい知れよう。
それだけではない。藤井は以前からコンピューターの半導体メーカー大手AMD(アドバンスト・マイクロ・デバイセズ)製のCPUを自作パソコンに取り入れていることを公言していたが、その頭脳部分に「ライゼン スレッドリッパー」を使用。値段は50万円を下らないプロ仕様の高額CPUだっただけに、スペックを知ったIT関係者やパソコンマニアは異口同音に、
「4億手先なら10秒、6億手先なら20秒程度で最善の手を打ってくる、いわばスーパーコンピューターです」
この最強の武器を相手に棋譜の研究をしていた事実には、愕然とするばかりだ。
藤井印の高性能のコンピューターが将棋界に普及することで、AI研究は劇的に加速する。プロ棋士OBが家庭用ノートパソコンで研究に明け暮れた日々を振り返る。
「非常に扱いづらかった印象です。一つの局面を読むだけで5〜10分の時間を要しますから、この待機時間の過ごし方を考えるところから将棋のAI研究はスタートしました。手持ち無沙汰な時間に耐え切れずに、ハナッからAIを毛嫌いする棋士もいました。そもそも人間がコンピューターに負けるなんて発想がありませんでしたから」
こうしたAI研究が進化を見せたのは、ほんの10年ほど。いかに将棋がAIによって大きく変貌しているのがわかるだろう。西田氏は、
「藤井さんの自作PCはAIの計算に特化した仕様です。高価なCPUに加えて計算効率に影響するメモリを256GBフルフルに搭載しており、市販のコンピューターの40〜50倍の性能が期待できます。自作費用は総額100万円近くかかっているはずですよ」
くしくも、4億手よりも6億手先の最善の手を尽くすことが勝敗を左右する─このことを過去の対局でも証明してきた藤井二冠だけに、そのスペック一つ知るだけでも、怪物ぶりにドギモを抜かれるのだ。
対談記事ではさらに、藤井のパソコンへのこだわりがあっけらかんと語られる。CPUに大枚をはたいたかと思えば、他の性能に関してはほとんど無頓着、こだわりのなさも明かしているのだ。
「映像の処理を担うCPUには、他のパーツほどコストをかけてないと思われます。『フォートナイト』のようなすばやい動きを求められる3Dゲームや高解像度の動画処理をするなら30万円程度のグラフィックボードを取り入れることで作業効率を上げるケースがありますが、将棋の駒を動かす程度であれば1万〜2万円ほどのもので事足ります。あえて最高のパーツをそろえないメリハリ感に、藤井さんの個性が現れていますね」(西田氏)
以前には、このAMD製の下位スペックのCPUを使っていたという藤井。CPUの進化とともに、将棋自体も一段と深化していると言えそうだ。