前駐豪大使・山上信吾が日本外交の舞台裏を抉る!~ハーバード、コロンビア神話の崩壊? ~

 トランプ2.0の旋風に翻弄されているアメリカの既成秩序のひとつが、ハーバード、コロンビアといった名門大学だ。

 同じアイビーリーグのペンシルバニア大学ウォ―トン・スクール出身ではあるものの、明らかにお勉強があまり得意でなかったトランプが、支持層が忌避する既成権力の一環としてアメリカを代表する名門校を叩いている構図。だが、事はそれ程単純ではない。

 直接のきっかけは、イスラエル・ハマス戦争の際、コロンビアやハーバードがパレスチナシンパの牙城となっただけでなく、反ユダヤ主義の事件が相次いだことだ。難関の教育機関として勉強熱心なユダヤ系学生が多いだけに、ユダヤ人社会を越えて耳目を集め、問題意識が高まった。

 もともと両校、特にコロンビアは、左ぶれが顕著なアイビーリーグの中でも最左翼と指摘されてきた。映画「いちご白書」の舞台ともなった。ベトナム反戦などの学生運動展開にあたり、しばしば総本山的な役割を果たしてきた。慰安婦問題で日本叩きに興じてきた歴史学者の出身校でもある。

 加えて、近年は中国人をはじめ留学生を大量に受け入れてきた問題がある。学校経営のための安直な留学生依存は批判の的となると同時に、中国からの留学生については中国共産党の締め付けがあるだけに、カウンターインテリジェンス、安全保障上の懸念が大きい。

 ちなみに、1980年代半ばにコロンビアの国際関係論大学院で学んだが、当時は日本人留学生が大きな顔をしていた。だが、彼らの学業面での質は決して高くなかった。日本の一流大学卒でなくても、「学歴ロンダリング」とばかりに大学院でコロンビアに来ている輩が散見された。率直に言って、東大法学部の学生の質には及ぶべくもなかった。

 その後、小泉進次郎氏のような政治家二世が籍を置くのを見るにつけ、「日本重視のジェリー・カーティス教授がいるからだ。」(米国人事情通)という解説には説得力がある。ハーバードも同様で、故エズラ・ボーゲル教授の働きかけにより、相当数の日本人が下駄をはかせてもらって入学できたと聞かされた。学業偏重と批判されようが、厳正な入学試験をパスした者だけを入学させる東大や京大とは趣が全く異なるのだ。

 むろん、学ぶメリットはある。英語習得に加え、日本の教育で決定的に不足している「口頭でのプレゼンテーション」の重要性を痛感し、伸長させる契機となる。また、企業や官庁派遣の留学生にとってネットワーキングの場として有用だ。外交官生活の過程で、同窓生には何人も会ってきた。

 だが、その学費は途方もない。年間授業料だけとっても、コロンビアで49,000ドル、ハーバードで56,000ドルと報じられている。東大の学部が65万円弱、大学院が約80万円であることに比べれば、10倍前後に達する。多くの米国人学生は奨学金に頼るが、卒業後にその返済に追われることも多い。中西部ラストベルトのトランプ支持の労働者層にとっては絶句する他なく、畏敬よりも怨嗟と義憤の標的となる。

 そんなハーバードの留学生を日本の名門大学は諸手を広げて受け入れたいと言う。「ちょっと待った」という議論はないのだろうか?

●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、2000年ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、07年茨城県警本部警務部長を経て、09年在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年国際情報統括官、経済局長などを歴任。20年駐豪大使に就任。23年末に退官。同志社大学特別客員教授等を務めつつ、外交評論家として活動中。著書に「南半球便り」「中国『戦狼外交』と闘う」「日本外交の劣化:再生への道」(いずれも文藝春秋社)、「歴史戦と外交戦」(ワニブックス)、「超辛口!『日中外交』」(Hanada新書)、「国家衰退を招いた日本外交の闇」(徳間書店)、「媚中 その驚愕の『真実』」(ワック)等がある。

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